小学生のスマートフォンを利用した漢字学習における自覚できない学習効果の可視化とフィードバックによる意識変化の測定 学校教育研究科教育実践高度化専攻 グローバル化推進教育リーダーコース・准教授 川﨑 由花

研究目的

(1)研究目的

 本研究は,明石市教育委員会の協力を得て,明石市立二見小学校第6学年の2クラスを対象にスマートフォンを利用した漢字学習に伴う縦断的教育ビッグデータを収集・分析し,従来の研究では測定することのできなかった成績の上昇を可視化して,得られた結果をフィードバックすることで,児童の自己効力感,学習意欲を高め,成績の向上につなげることを目的とする。

(2)本研究の学術的な特色・独創的な点

 本研究は,申請者らのこれまでの研究成果に基づいて,新たな知見を得ようとするものである。独自に開発した学習効果測定法『マイクロステップ計測法』を用いて学習効果を可視化することにより児童の学習意欲の向上を図る,まさに,理論と実践が融合した学術的意義の高い研究である。

 一般的に学習効果を測定する研究では,数多くある学習内容から一部を取り出して短時間でテストをし、その成績から全体の到達度,つまり学習効果を推定する。それゆえ、偶然易しい問題が取り出されれば成績は高くなるなど、抽出誤差が大きいという問題を有している。また,テストの成績は、学習からどのくらい時間が経過しているかによって大きく影響を受けるが、従来のテスト法では、その点は考慮されていない。前日に勉強した内容や、3ヵ月前などに学習した内容が、学習の時期などは考慮されずにテストが構成されているため,学習・テスト間のインターバルの効果による誤差が現在のテストの成績には混入しているといわざるを得ない。

予想される結果と意義

 これらの誤差を排除するために,『マイクロステップ計測法』では,テストと学習の区別を排し,学習=テスト方式を構築することで,より精緻なデータを抽出することが可能となった。つまり,従来は検出できなかったわずかな学習効果の測定が可能となり,自覚できないレベルでの成績の変化を児童にフィードバックすることで学習意欲を高め,成績の向上へつなげられるものと期待できる。尚,成績向上は,申請者らが『マイクロステップ計測法』を用いて行ってきた属性等の異なる同様の研究において検証されているため,本研究においても同様の結果が得られるものと推測できる。

(3)関連する研究の中での当該研究の位置づけ

 近年,わずかな学習の効果が数ヶ月の長期にわたって保持される事実が潜在記憶の研究で明確になってきている。上田・寺澤(聴覚刺激の偶発学習が長期インターバル後の再認実験の成績に及ぼす影響,認知心理学研究,6,35-45,2008)は,無作為に作成された4秒程度の聴覚刺激の偶発学習の効果が,数週間から3ヶ月のインターバル後に検出されると報告している。視覚刺激では,偶発学習において形成された未知顔の潜在記憶が長期に保持されることも検証されている(西山・寺澤,未知顔の潜在記憶─間接再認手続きによる長期持続性の検討─,心理学研究,83, 6, 526-535, 2013)。

 本研究は,記憶保持に関するこれらの先行研究を受けて,学習者が漢字の読みの熟知度,言い換えれば,その漢字の読みをどの程度知っているかを判定し,解答を数秒から数十秒目視しただけで記憶に保持されると仮定し,従来は知覚できなかった学習効果,つまり,成績の伸びを描き出そうとするものである。

 また,フィードバックが自己効力感とスキルに及ぼす影響については,Schunk (Ability versus effort attributional feedback: Differential effects on self-efficacy and achievement. Journal of Educational Psychology, 75, 848-856, 1983) が算数の学習プログラムにおいて,帰属的フィードバックを受けた児童は,統制群に比べ,自己効力感,スキルともに有意に伸びを示すと報告しており,本研究でも,得られた学習の効果をフィードバックすることで児童の自己効力感が向上すると考えられる。

 上述の通り,個別の基礎研究はみられるものの,その理論と実践を融合させた研究例は極めて少なく,中でも,記憶研究に基づいて,スマートフォン上で漢字の熟知度判定を行うことで学習効果の検証を試みる研究は申請者らの知る限り例がない。本研究は国内外において画期的な研究であると位置づけられよう。

(経緯・背景)

 申請者らは,前述の『マイクロステップ計測法』を用いて試験的研究を行い,一定の成果を上げてきた。図1,図2は,50日間の個人の英単語学習の成績を測定し、その推移をグラフにしたものであるが,どちらも右肩上がりに成績が伸びていることが示されている。

 また,同様の方法で不登校生徒の支援を行った際には,フィードバックを開始したとたんに学習量が増え始め,10ヶ月以上にわたり学習を継続した事例があった。学習を促す指示は出されていないが、本人の意思で、当初想定していなかった学習ペースで半年以上にわたり学習を継続したことは、この学習支援が、子どもの学習意欲向上に寄与したと解釈できる。さらに,このような学習者の情報が地域の支援者や家族に対して望ましい効果を発揮することが様々な指標のデータに表れており,不登校の子どもと社会との接点を、恒常的に自宅に作ることが可能になったことは大きな意味を持つと考えられる。本事例の成果は、不登校の子どもの、学習に対する不安の解消と意欲や効力観の向上に寄与する他,子どもを社会に引っ張り出す従来のアプローチと異なる不登校支援の可能性を明確に示すと考えられる。

 本研究における実践は不登校生徒の事例とは若干異なるが,成績は低くても成績上昇率が高い子どもや,学習量の多い子どもの抽出が可能となり,そのデータを児童のみならず教師や保護者へもフィードバックすることで,学習に関してこれまで褒められることがほとんどなかった学力低位の子どもを,客観データに基づき教師と保護者が励ますチャンスを作り出すことが可能となる。

 これらのことを背景に,全校レベルで学力向上の取り組みを行っている明石市立二見小学校で,上述の理論に基づいた実践をさせて頂き,児童たちの学習意欲,および,学力向上に貢献できればと考え,本研究の着想に至った。

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