特別支援教育の視点を含めた生徒指導ハンドブックの作成と活用 兵庫教育大学附属中学校・副校長 森 敏雄(平成25年度)・特別支援教育専攻 特別支援コーディネーターコース 岡村 章司(平成26年度)

研究目的

①研究目的

 インクルーシブ教育が叫ばれる中,特別な支援が必要な子どもは通常の学級に何人か在籍している。これらの生徒を「いじめ」のターゲットにした事案が起きると,子どもの障害への理解や指導方法の不足によってその対処のありかたが異なっている現状があり,それが問題の早期解決を困難にしている。いじめ事案がこじれた場合は,障害のある子どもが「不登校」や「ひきこもり」といった二次障害に至るケースもまれではない。
 そこで,本研究では通常の学級に在籍する特別な支援が必要な子どもたちがかかわる,他の子どもとのトラブル事案に関して,細やかな観察と検討に基づく事例研究を行い,生徒指導上の諸課題の解決方策とその教育的意味について考察する。研究に際しては,特別な支援が必要な子どもの短期指導計画を作成し,校内特別指導委員会や生徒指導部会で情報を共有しながら指導方策について検討し,成果と課題を明らかにしていく過程で,これらの指導が本人のみならず周囲の生徒の成長にも寄与することを実証する。
 同時進行で,それらの考察を元に未然防止と事案解決に役立つ「特別支援教育の視点を含めた生徒指導ハンドブック」を作成する。さらに,本ハンドブックを実践場面で活用することにより,その有効性と妥当性を検証し改良を重ねていき,学校現場の教員研修プログラムへの活用についても言及したい。
 特別な支援が必要な子どもが大切にされる学習環境づくり,仲間づくり,学級づくりを進めることで,周りの子どもにも人間関係を形成する力や共に生きる社会に適応する力,そして,自己の進路を切り開くキャリア促進を図ることができるようになることが期待できる。そのためには,学校での子どもの生活の中心的指導となる生徒指導において,特別支援教育の視点を含む生徒指導ハンドブックの作成が急務であると考える。
② 学術的な特色・予想される結果と意義
 特別支援教育は通常の学級に4名から6名在籍する特別な支援が必要な子どもに対して,日常的に行われなければならない。思春期の子どもには「同一であり,群れて行動すること」に安心し,「なれ合い,一人になりたくない」感情の傾向がみられ,「同一でないもの,群れから離れて行動するもの」に対する排他的感情が強い。これらが時として思いやりのない行動や「いじめ」を引き起こす原因になっている。そこで,「障害を知らない事が引き起こす誤解」を生まないような指導方策について「いじめ」「不登校」の2つの項目を採り上げ,生徒指導を特別支援教育の視点から捉え直したハンドブックを作成する。このハンドブックは,これまでにない生徒指導の重要な指針になり得ると考えられる。そして,作成したハンドブックを活用して職員研修を実施しその妥当性を検証するとともに,共通理解の基で短期指導計画等に生かし,効果を検証することで内容を精査し,生徒指導で悩んでいる学校現場ですぐにでも活用できることをめざす。学校現場で解決に至る指導が難しい事案の解決への糸口,特別な支援の必要な子どもが孤立したままになり不登校や引きこもりにならないようにする手立てのヒント,そして,未然防止・予防の観点からの指導方策や留意点などに役立つ内容が期待される。
 問題行動を呈する子どもの中には,その根本に発達障害があるケースが少なくない。そうした子どもの指導,支援においては,障害の特性に配慮した適切な対応が求められ,自己肯定感を高めることが大切になる。こうした対応で重要なことは,学年やクラスという集団での活動において,生徒同士の具体的な関わりの場を設定し,子どもに成功体験を積み重ねることである。このことは,通常の学級に在籍するすべての子どもにとっても,体験を通じたコミュニケーション能力や国語力を高め,互いを認め合いながら共に生きる意識を育てることに繋がり,また,学習や活動に取り組む意欲を高める事にも繋がる。
 これらのことから,一人一人の子どものニーズや特性に応じた支援を行うという特別支援教育の視点から生徒指導を捉え直すことは,すべての子どもにとって細やかで充実した指導の構築が期待できると考えられる。

(経緯・背景)

 これまで,特別支援教育と生徒指導は別の領域の指導であると考えられることが多かったが,実際に特別な支援が必要な生徒が「いじめ」にあってしばらく登校できなくなる事案が起こるなど,これまでどおりの生徒指導の方策では十分に対処できず,また未然防止や早期解決を図るための取組も障害の程度によって異なると痛感した。
 森は,神戸市教委生徒指導係駐在時代に「生徒指導ハンドブック」を作成し,生徒指導担当者の研修や担当する区の学校の校内研修などに活用した経験がある。神戸市教委はそれまでにも「いじめ」「不登校」などへの指導に関して指導資料を作成していたが,これらは,生徒指導上の理論,指導方法,留意点について研修等で学ぶための資料・手引きであり,「いま,聞きたい,調べたいことがすぐに分かる」Q&A方式のような構成にはなっていなかった。そこで,平成17年当時,川崎市の提示する「生徒指導ハンドブック」にならい,前述の資料・手引きや市販の参考資料・本などを参考に,Q&A方式による生徒指導ハンドブックを新たに作成し,生徒指導事案の未然防止に係るチェックリストなどを含むものとした。このハンドブックは,指導の立場にある教師にとって使い勝手のよいハンドブックとして活用されている。しかし,これは,障害のない子どもが対象のハンドブックであり,いわゆる特別な支援が必要な子どもを対象として含んでいなかった。
 一方で,各自治体等は障害のある子どもの支援に関する資料や手引書を作成している。例を挙げると,「軽度発達障害児に対する気づきと支援のマニュアル(厚生労働省)」,「発達障害への対応マニュアル(鹿児島県医師会)」,「特別な支援が必要な子どもたちのために(兵庫県教育委員会)」では,障害の定義や特性,特徴的な行動に対する基本的な対応,指導の原則や支援の手立て等について記している。また,「クラスでできる支援ヒント集(山形県教育庁)」では「○○が苦手な子どもへの支援」として,子どもの具体的な姿から困難さの理解,そして支援を考えるためのヒントを17項目にわたって記している。「通常学級における特別支援教育の観点から見た学級経営・授業づくり(岡山県総合教育センター)」では,学級経営と授業づくりのポイントを記し,すべての子どもを大切にした学級経営とユニバーサルデザインの考えを取り入れた授業についてまとめている。
 しかしながら,これらの資料には,障害のある子どもが反社会的行動や非社会的行動を示し,指導が必要になった場合など,実際の生徒指導上の課題における対応についてはふれられていない。実際に学校現場で困難なことは,障害のある子どもが「いじめ」の対象になったり,友だち関係がうまくいかずに孤立し,その結果「不登校」になったりするケースである。このような場合に複雑に絡まった問題のひもをほどき,解決に導くための指針を示してくれる参考資料やハンドブックがあれば,事態が複雑化するまでに解決の道筋がつけられるばかりか,生徒指導でもっとも肝心な予防に役立つことが期待できる。そこで,特別支援教育の視点を含めた生徒指導ハンドブック作成に着手しその有効性を検討したいと考えた。
 教員は成功例から学ぶことも多いが,失敗からより多くのことを学ぶものである。そこで,作成する生徒指導ハンドブックには,うまくいかなかった例を挙げて,失敗の原因がどこにあったのかについても言及したい。うまくいかなかった例を挙げることで教員自身が自分の指導を振り返り,修正できていくことも一つのねらいとしたい。

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