地域における算数の授業研究会を通した,教師の力量形成プログラムの開発 附属小学校・教諭 指熊 衛

研究目的

(1) 授業研究によって,教師力量形成が行われることを,算数科の授業研究の視点から明らかにしていく。

 附属小学校算数部では,子どもが自ら問いをもち,相互作用によって知識理解を深め,学ぶ意味や価値を見出す授業を目指してきた。特に昨年度は「算数にひらく子どもを育てる授業デザイン」をテーマに,子どもにつけたい算数的な力とは別に,授業中の目指すべき子どもの姿を「自己」「他者」「教科」の3つの視点から明らかにしてきた。この算数授業観においては,子どもが素直に自己の思いを話せること,課題に最後まで立ち向かっていくこと,他者の思考を読み取り分かち合うこと,仲間と算数授業を創り上げようとすることが必要不可欠であり,単に知能テストなどで測定される認知的能力だけでなく,ゴールマン(1996)の提唱するEQ(Emotional Intelligence:心の知能指数)も育むことを目的としている。

 本研究では,附属小学校の教員がメンターとしての役割を担い,公立の先生方と実践を持ち寄った授業研究会を行っていく。教材や教師の手立てだけでなく,子どもの学びに向かう姿がどうつくられていったのかも,EQを育む視点も踏まえて研究会の中心的な話題になる。算数の授業のみならず,子どもをどうのように観るか(児童観),どんな手立てが子どもたちに合っているか(指導観)を共有していくことで,算数の授業研究を通した教師教育につながっていると考える。

 研究の全体図は以下の通りである。理論にあたる部分は,授業研究会を通した教師教育についてである。特色として特定の教科の授業づくりを中心とした(学級づくりなどが主の目的ではない)研究会であることである。実践の部分は,授業研究会(共に算数を語る会,兵庫算数授業研究会)での取り組みである。

この研究を通して,(ⅰ)教師の力量形成に有効な授業研究の在り方(ⅱ)教師教育に携わるメンターチームの役割の在り方(ⅲ)地域における授業研究会を生かした教師の力量形成プログラムの開発,を明らかにしたいと考えている。

(2) 算数教育,教師教育の視点から考える。

 本研究は,算数科における授業研究の形式とその影響について,算数教育の特色がある。また,教師教育を最終的な目的としていることから,教育学の分野に大きくつながっている。

 本研究の意義は大きく2つあると考えている。

 1つ目は,地域の教員との特定教科における授業研究会が教師の力量形成につながることを見出すことである。文部科学省がチーム学校などの言葉が用いて同僚性を大切にしようとしている中,校内で教師力を高めていこうという動きとは違う観点で,地域の専門家教員集団で,専門性のみならず,学級経営なども含めた教師としての力量形成を量る点に独創性があると考えている。

 2つ目は,附属小学校教員の地域との連携の仕方の提案になることである。附属小学校の教員が,地域の教科研究を先導する立場だけでなく,メンターチームを組んで,若手教員の力量形成を量っていくことは,これからの附属小学校教員の在り方の提案になるだけでなく,会に参加した若手が次の附属小学校教員を志す傾向も生まれてくると考える。

(3) 授業研究の形式,教師の授業研究のサイクルなどは,国内外でも研究に課題が残っている。

 高橋(2013)は,今日行われている授業研究の形式について,「これらの間に存在する活動の違いが,何に起因しているのか,またそのことによって授業研究の目的や成果に何らかの違いがあるかなど,明らかにされることが期待される事柄は多くある。」と述べている。例としては,授業研究の構成要素(研究協議会の運営方法,研究授業で扱った教材以外の学習指導についての議論)などがあげられる。また,渡辺(2013)は,「授業研究によって教師の授業力が向上するひとつの理由は教師のPDCの向上であると考えられる。」「授業研究を通して,教師のPDCがどのように向上されていくのか,また授業研究の中で行われるいろいろな活動がいかに教師のPDC」

 海外では,1990年代後半から,日本の授業研究について知られ,思考しているが,ごく一部の実践を真似ているのが現状である。高橋はその原因について,「日本の教師集団が“何をしているか“をつぶさに観察して紹介したものの,”なぜその様なことをするのか”については,明確にしてこなかったことが考えられる。」裏を返せば,日本においても授業研究の形式などが,教師の力量形成にどのような影響があるのかの,実践をもとにした検証が十分になされていないことが伺える。

 メンタリングについては,神奈川県では教育委員会が主となってはたらきかけ,各学校においてメンターチームを形成し実践し,東京大学の脇本らと共同研究を行い実践が細かくデータ化されている。教員の若手教員の離職率が高いアメリカでは,メンタリングを受けた教師の離職率などについて研究成果が報告されている。(Johnson etal.2005;Darling-Hammond2003)

(着想に至った経緯等、研究の背景について)

 日本の教育の特色として,校内における授業研究がある。海外では,学校内の教師同士の研修が行われないことが多く,日本の取り組みが海外からも着目されている。それなのに,経験1,2年目の教師の7割が授業がうまくいかないと悩んでいることが明らかになっている。(教育調査研究所2008)このことからも,校内における研修がうまく機能していないのではないかと考えられる。その背景として,校内における授業研究が形式化している,校内での人間関係が円滑でない,教科による専門性に乏しい,若手教員ばかりが授業研究を行いベテラン教員の実践が紹介されない,教師の多忙感,子どもの荒れなど多様な要因が考えられる。

 附属小学校教員と公立の教員で,数年前から授業研究会(2007~ 共に算数を語る会,会長・植田悦司,顧問・兵庫教育大学 國岡高宏教授,加藤久恵准教授)を行ってきた。また,今年度から姫路市や西宮市を中心とした授業研究会とも連携して,兵庫算数授業研究会を立ち上げ,活動の範囲を拡大している。

 参加者は経験年数が数年の若手教員から,40代,50代のベテラン教員まで幅広い。若手教員の中からは,学校現場での実践に悩んでいたが,会に参加するようになってきっかけをつかみ,学級経営も好転するようになったという報告もあった。算数の授業研究をフィルターにして会を行っているが,算数に留まらず,教師としての力量形成の場としても有効であることが考えられる。その要因として,以下の2つが考えられる。

 1つ目は,授業研究会においてEQを育む算数授業を視点においていることである。授業研究会の中では,子どもの算数的なつまずきだけでなく,心的状況までが話題にのぼる。子どもがどのような手立てをうつことによって,学習に向かうことができるのか。どの子も参加できる授業をするにはどうしたらよいのかが話題の中心となっていく。アプローチは様々で,対話を取り入れる手法や教材の開発などの意見が出される。情動知能を育むことは,子どもの学習意欲,つまずき,気づきに寄り添うことに直結している。授業ビデオなどで,子どもの様子や教師の役割について参会者で意見を交えたり,実践発表に向けて実践をまとめたりすることは,若手教師が自己をメタ認知するきっかけとなり,学校現場の実践にフィードバックされる。

 2つ目は,会長の植田や附属小学校の教員がメンターチームとしての役割を果たしていることが考えられる。メンターチームとは「複数の先輩教職員が複数の初任者や経験の浅い教職員をメンタリングすることで人材育成を図るシステム」(横浜市教育委員会 2011)である。授業研究を中心にしながら,メンティの悩みにより添い算数授業観だけでなく,教育観までも語り合うことでメンターとしての機能を果たしていると考えている。

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