発達障害のある生徒へのナラティブ・インタベンション・ガイドブックの作成 障害科学コース・教授 高野 美由紀

研究目的

(1)研究目的

 発達障害を持つ思春期の児童生徒に対し二次障害を予防する観点から、英国での先進的取り組みを参考にナラティブ・インタベンション・ガイドブックを作成する。ナラティブに関する学校での先駆的活動を分析し、教員にとって使い易いプログラム、評価方法を開発し、教材の参考資料をまとめる。

 ナラティブ(語る行為)は人間の根幹にかかわる楽しい行為である。語り手と聞き手が、体験や情動を共有しながら人間関係を深めていくことができる(高野,2015)。昔話などのお話語りは、世界普遍の人間問題について学び、自分が何者かを知り、大切な存在だと気づくことができる(ベッテルハイム,1978)。また、自分の経験について語ることを通して、その経験に登場する他者との関係を捉え、自己を形成していくことができる(岩田,2001)。したがって、児童・生徒が集団の中で自らが語り、他者の語りを聴く活動により、居場所を作り、相互理解や自己理解を深め、また、障害のある児童・生徒の余暇の充実にもつながる可能性が高い。

 発達障害のある児童・生徒において、適切な支援がされなかったことで他者への不信感が生まれること、失敗感や罪悪感とともに自己概念が形成されて二次障害をきたすことがある(市川,2011)。したがって、特に自己概念が形成されていく思春期の時期に学校に安心できる場を作り、児童・生徒のナラティブ(語りの行為)を引き出していくことが二次障害の予防につながることが伺える。

 発達障害のある子どもは、定型発達の子どもと比べてナラティブは、その発達が遅れ、興味に焦点化した言及になりがち、登場人物の心的状態の言及が少ないなどが報告されている(李,2011など)。また、音声言語に注意を払うことや理解の難しい児童・生徒との語りには、視覚や触覚等の5感に訴えることが功を奏す(Grove, 2011)。したがって、障害の特性を考慮した支援をしながら語りの活動を展開していくことが求められる。また、学校での適用を考えた場合、過密なカリキュラムの中で実施できるよう考慮しなくてはならない。

(2)学術的な特色・独創的な点及び予想される結果と意義

 教育学、言語学、発達医学、言語療法などの学問領域にわたる学際的な研究である。海外の先駆的な取り組みをただ導入するのではなく、日本の教育現場のニーズに沿い実践可能なものを作成することを重視している。本研究は、障害のマイナス部分を補完する教育ではなく、日本の生徒に本当に必要な主体的な(コミュニケーション)力を培うことがでる。

(3)国内外の関連する研究の中での当該研究の位置づけ

 日本でも、ナラティブ・アプローチ、ナラティブ分析など、語りや物語が治療や研究に用いられることは多いが、言語発達を支援する文脈でのナラティブへの介入は少ない。海外をみても障害のある児者との楽しく物語る活動は数少ない。この点で、ナラティブの発達を促し、集団で楽しく語りをする活動が、非常に斬新で先駆的である。

(経緯・背景)

 通常学級にいる発達障害が疑われる児童・生徒のうち、支援がなされているのは約半数にとどまり十分な支援が受けられておらず、特に中学校では小学校に比べて受けられる支援が少なくなるといわれている。したがって、中学校の通常学級に通う発達障害の生徒を対象にした支援の充実を図ることが求められている。最近では、中学校通常学級での特別な教育的ニーズ、支援での工夫、支援体制などが様々に研究されているが、特別支援教育の枠の中の、いわば困難を補う支援を現状の支援者、支援組織で行うことに終始しており、生徒の発達や卒後を踏まえた戦略的な支援が見当たらない。

 支援を模索する中、海外に注目した際に、障害児へのことば・コミュニケーションに対する支援が日本では欧米に比べて手薄であることが見えてきた。英国では言語・コミュニケーション・セラピスト(日本での言語聴覚士に相当)が多く、支援のリソースも充実している(高野,2014)。その英国では、障害児にもわかるよう五感を駆使して物語を語るマルチセンソリー・ストーリーテリングが盛んに行われていた。知的障害児者と語る団体を創設したGroveを日本に招聘し、ストーリーテラーとして特別支援学校や中学校特別支援学級で知的障害のある生徒に語ってもらった。そこではStorySharing™という生徒のナラティブを引き出す手法も用いられていた。すると、生徒たちが英語にもかかわらず語りを楽しみ、語り手と生徒たちの相互的な語りが発生していた。さらに、生徒たちが自らのことを語り始める場面もみられ、普段は失敗が許せずパニックになる生徒が、練習不足で合唱コンクールで入賞できなかったことを落ち着いて語っていた。ここから語りのグループ活動が、中学校通常学級に在籍する発達障害の生徒にとってもよいのではないかという着想に至った。

 また、日本の中学校高等学校に相当するセカンダリ・スクールにいる言語・コミュニケーション・ニーズを持つ生徒の語る力をつけるプログラムNarrative Intervention Programme™(NIP)(Joffe, 2011)は、小集団で1学期間継続的に物語、物語の構造、ストーリーテリングについて学ぶプログラムであるが、語る力・聴く力の向上のみならず、人と話を共有することを通して相互に理解し、自己の理解を伴う自己肯定感の向上につながっている(Joffe, 2012)。そこで、このNIPを日本の学校文化に合う形にして介入プログラムにすることを検討することにした。

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