いじめと災害ストレスへの心の健康教育と道徳教育と防災教育の包括的教育プログラムの作成と検証 人間発達教育専攻・教授 冨永 良喜

研究目的

(1) 研究目的

 本研究の目的は、いじめや災害にあった児童生徒及びすべての児童生徒への道徳教育と心の健康教育と防災教育の3つの教育の共通性と方法論の相違性を明らかにし、発達段階を視野にいれた系統的な教育プログラムを構築することである。それらの教育が児童生徒の心と行動にどのように影響を及ぼすかは、証拠に基づいた教育(evidence based education)によって進められるべきである。そのため児童生徒の意識を測る尺度の作成がまず必要となり、その開発と検証を行う。

(2) 本研究の学術的な特色及び予想される結果と意義

 いじめ予防に関しては、規範意識を育成する道徳教育(淀澤、印刷中)、怒りなどのストレスを適切にコントロールするストレスマネジメント(冨永、1999)の効果が指摘されている。しかし、それらを発達段階や年間の教育課程への位置づけ及び相互の関連性について整理されたものはみあたらない。また大規模災害後、防災教育の重要性が叫ばれる一方、心のケアとの統合的なプログラムは作成されていない。本研究は臨床心理学、道徳教育学、災害社会学の専門家が協働でいじめや災害による心身の打撃の緩和と予防教育による成長に関する教育プログラムを作成しその効果を検証する点において独創的であり、全ての児童生徒への教育的な還元が期待される。

(3) 国内外の関連する研究における位置づけ

 イギリスでは、SEAL(Social and Emotional Aspects of Learning;社会性と感情の学習)プログラムが、いじめや暴力防止に効果をあげており、中国では四川大地震後の被災地で「心理健康教育」の授業が必須ではじまっている。また、オーストラリア、アメリカなどの先進国も、社会的スキル、ストレスマネジメント、アサーションスキルなどの心の予防教育を積極的に展開している(鳴門教育大学予防教育科学教育研究センター,2010)。これらは心理学や医学や保健学を学問背景としている「心の健康教育」と総称され、ストレスマネジメント教育は、心の健康教育の中心的な一つである(竹中,1997:山中,2013)。一方、道徳の時間では、読み物教材を活用して道徳的価値を深め、特別活動や総合的学習の時間に体験活動を行うことを奨めている(淀澤,印刷中)。

(経緯・背景)

 東日本大震災や豪雨や竜巻や台風による災害が子どもたちに及ぼす否定的な影響への対応はわが国の最重点の課題の一つである(冨永,2012)。本研究代表者は、東日本大震災直後に岩手県のスーパーバイザーとして、長期の心理支援を視野にいれた心のケアシステムを提案し、県下全児童生徒に8 年間の「心とからだの健康観察プログラム」実施の契機となった。また児童生徒は仮設住宅での生活など災害後の日常ストレスに曝され、いじめ対応の課題も急務である。研究代表者が監修したDVD「こころのサポート映像集」(文部科学省緊急派遣スクールカウンセラー事業にて2012 年作成)は被災3 県の全学校に配布されている。

 一方「災害や事件事故発生時の子どもの心のケアのガイドライン」(文部科学省,2010)にはPTSD の予防・対応として「トラウマを思い出させるきっかけをつくらないようにする」と記載されているが、避難訓練や防災学習は災害体験を思い出させ一部の子どもを不安定にさせる。「学校防災マニュアル作成の手引き」(文部科学省,2012)では心のケアの観点をとりいれた防災教育の記載はなく、心のケアと防災教育の学際的研究はみあたらない。岩手県教育委員会は心のケアである「心とからだの健康観察」と防災教育の両方を展開してきたが、両者の理論と方法の統合は充分ではない。

 いじめを苦にした子どもの自殺は、わが国では繰り返し社会問題となり1995 年のスクールカウンセラー調査活用事業、2013 年の「いじめ防止対策推進法」の制定の契機となった。いじめ加害とストレスとの関連が指摘されている(国立教育研究所、2009)。学習指導要領では、怒りやストレスとのつき合い方は、道徳ではなく保健体育に位置づけられている。しかし、授業時間は小学校6 年間でわずか4 時間、中学校でも数時間である。道徳と保健体育に分かれているいじめ防止に向けた学習を「道徳教育」 と「心の健康教育」に再編成し、バランスのよい教育課程を構築することが課題である。

 このように、児童生徒が安心した生活を送るための教育は、道徳教育、心の健康教育、防災教育として行われているが、それらを系統的に実施することが必要であり、被災地の一部の学校では、包括的な教育プログラムが検討されはじめている。

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