聴覚障害児のインクルーシブ教育:合理的配慮としての手話活用の実践的検討 学校教育研究科 特別支援教育専攻・教授 鳥越 隆士

研究目的

【目的】

 本研究は,聴覚障害児が在籍する通常の小学校における,合理的配慮としての手話活用の在り方を検討するものである。現在わが国では,従来の障害児教育から特別支援教育へと大きく変わりつつあり,聴覚障害児教育も,難聴学級,難聴通級指導教室,通常学級など地域の小学校での,いわゆる「インクルーシブ教育」に主軸が移りつつある。その一方で,聴覚障害児に対する指導方法は,これまで残存聴力の活用と読話・発語訓練(聴覚口話法)による言語の習得や学習を第一の目標に置いてきたが,近年,子どもの言語習得や社会的,心理的成長におけるコミュニケーションの果たす役割を重視する学問的な思潮の中で,身振りや手話を含めたコミュニケーションの重要性が指摘されるようになった。難聴学級等でも,断片的であるが手話を取り入れた支援の取組が進められるようになってきている。本研究は,聴覚障害児が通常の学校で学びを進めるための手話による支援に焦点を当てる。具体的には,以下の4点について検討を行う:(1)難聴学級在籍児童の手話へのニーズの評価と手話指導の在り方(手話カリキュラムの検討も含め);(2)聴覚障害児が参加する通常の学級での手話指導の効果,特に聴児への手話指導とそれが聴児と聴覚障害児の社会的関係へ及ぼす影響;(3)聴覚障害児の参加する通常の学級での手話活用の方途(手話通訳など手話による支援)とその効果;(4)学校全体としての手話への取組の可能性。

【学術的特色,独創性】

 特別支援教育の中で,インクルーシブ教育の整備が我が国の重要な政策的,実践的なフォーカスとなっている。聴覚障害児がフルに通常の学級に参加(生活面,学習面ともに)するためには,障害特性として特にコミュニケーションにニーズを持つことから,本人への支援だけでなく,クラスワイド(あるいはスクールワイド)な取組が不可欠であろう。本研究は,聴覚障害児が在籍する通常の小学校でどのような「合理的配慮」が可能なのか,その方途を検討し,可能な実践を構築しながら,同時に評価・改善を行いつつ,聴覚障害児のための新たなインクルーシブモデルの構築をめざす。また本研究は手話の活用に焦点を当てている。折しも昨年我が国で国連「障害者の権利条約」が批准された。そこには手話がろう者の言語であり,教育に生かすための合理的な配慮が必要であると明記されている。本研究は「手話は言語である」との視点からこれに取組むものである。

国内外の研究

 聴覚障害児に対する教育は,手話を活用したバイリンガル(音声言語と手話言語)教育が欧米等の手話先進国のグローバルスタンダードな取組となっている。また同時に人工内耳等,医用機器の進歩により,インクルーシブ教育が進められており,通常の学校での手話の活用が重要な理論的,実践的なトピックとなっている。我が国での手話活用の取組は,ろう学校(聴覚特別支援学校)でやっと20年ほど前に進めるようになったばかりで,特に通常の学校での実践の取組は非常に乏しく,また系統的,組織的な研究も行われていない。

(着想に至った経緯等、研究の背景について)

 本研究代表者は,これまでろう学校での手話活用による学習支援・指導や心理的成長に関する実践的な調査研究を行ってきたが,現在,通常の小学校での手話活用の取組へと関心を拡げている。科研C(「インクルーシブな聴覚障害児のための協働学習モデルの構築に関する実践的研究」平成22年~24年度)では,通常の学級での手話通訳とろう者成人(手話教師)による手話指導の導入を試み,その効果と課題について検討した。科研B(聴覚障害児のためのコ・エンロールメント教育プログラム開発に関する海外調査研究,平成25年~27年度)では海外の先進的な実践プログラムを調査し,通常の学級における手話活用の役割について検討している。これらの成果から本研究計画の着想に至った。

 本研究に参加する小学校2校は,全国でも先進的に難聴学級での手話の活用に取り組んできている。ただあくまでもコミュニケーションの手段としてであり,「手話が言語」という点では,さらに展開が必要である。また取組は難聴学級に閉じられがちであり,全学的な取組への展開の方途に関して具体的な検討が必要であろう。特に手話に関しては国連「障害者の権利条約」の批准を受け,地方自治体でも学校教育等で手話の活用に取組むための「手話言語条例」制定の拡がりがある(本研究に参加する小学校がある神戸市も今年度から同条例が施行されている)。単なるコミュニケーションの手段にとどまらず,1つの言語としての視座からの教育実践的取組が求められることになる。本研究は,これまでの研究を深化,発展させ,小学校との共同研究により,理論的,実践的な融合をめざすものである。

 本研究の新たな観点や取組として,1つには神戸市の小学校が統合され,小規模校(200名程度)から中規模校(700名程度)になったことである。以前の1学年1学級が聴覚障害児の通常の学級への参加を容易にしてきた面があったが,複学級になったため,さらにその方途の検討が必要となろう。そして2つとしては,大阪市の小学校が調査研究に参画し,これまでの得てきた実践的モデルの一般化,普遍化を検討することができることである。

 なお平成27年度は,本研究代表者が通常学校での手話活用(特に手話通訳に関して)に関する研究助成を日教弘本部奨励金から得ている(「難聴児童へのインクルーシブ教育支援に関する調査研究:合理的配慮としての手話通訳実践の在り方の検討」平成27年4月~平成28年3月,助成額70万円)。本申請研究は,これを部分として含むものとして計画されており,そのため平成27年度の申請額を(来年度に比べ)減額している。

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