教職大学院が養成する教師の専門性に関する研究―「優れた教育実践者」と「優れた教員養成者」養成するための教職大学院のカリキュラム改善に向けた提言― 教育実践高度化専攻・准教授 山中 一英

研究目的

 現在の学校教育が抱える課題の多様化・複雑化に伴って,個々の教員の実践的指導力など専門性の向上が強く求められている。 そのためには,新任教員の大量採用が進むわが国の現状のなかで,各々の職場において新人教員の力量形成をどのように推し進めていくかという課題に応えていかなければならない。
  本学教職大学院の目的は,(対象が現職教員の場合,)「地域や学校における指導的役割を果たし得る教員等として不可欠な確かな指導理論と優れた実践力・応用力を備えたスクールリーダーの養成」にある。 ここから,本学教職大学院が「優れた教育実践者」と「優れた教員養成者」を同時に養成することを企図していることが読み取れる。ところが,教師の専門性はきわめて曖昧な概念であり,教師教育に関する先行教育を展望しても, 明確な定義も, それに基づく個人差の測定もきちんとなされているとはいえない。これらを考えあわせたとき, ここに,次のような問いが現れることになる。それは,「優れた教育実践者」に求められる職能と「優れた教員養成者」に求められる職能は,はたして同じなのか,という問いである。別言するなら,スーパーティーチャーであれば(あるいは, スーパーティーチャーになれば), それが自動的に「優れた(たとえば,新人)教員養成者」であることを意味するのか, という問いである。もし,「優れた教育実践者」に求められる職能と「優れた教員養成者」に求められる職能が必ずしも同じでない とすれば、それぞれに養成すべき職能を明確に定義したうえで,それぞれを教育するために必要な内容と方法を考えなければならなくなる。管見する限り,わが国において, このような問いを検討した先行研究は, ほとんど存在していない。
 以上をふまえ,本研究では, 次の2 つの点を検討することを目的とする。
1.「優れた教育実践者」に求められる職能と「優れた教員養成者」に求められる職能(の共通性と異質性) を明らかにすること。
2.(上記1 をふまえ,)「優れた教育実践者」と「優れた教員養成者」を同時に養成するために, 本学教職大学院の授業内容と方法について改善すべき点を提言すること。
 本研究の意義は,結果が本学教職大学院の今後の方向性を左右する可能性があり,それがカリキュラムに反映されるなら, 本学教職大学院のねらいをより鮮明に実現することにつながるという点にある。

(経緯・背景)

 研究代表者は, 授業改善・FD委員会委員として,学長を研究代表者とする「教職大学院のカリキュラム改善のための調査研究」に参画し平成21年度と平成22年度には,研究分担者とともに海外調査を実施した。なかでも, ロンドン大学教育研究所(Institute of Education ,University of London ;以下,IoE と略記) への訪問が本研究を着想する端緒の一つとなった。教職大学院制度発足とほぼ同時期に,イングランドでもMTLと呼ばれる新たな現職教員教育制度がスタ-トしていた。MTLとは,Masters in Teaching and Learning の略で,(当面のところ)対象が新人教員に限定されるものの,公費負担によるCPD (Continuing Professional Development) としての教員養成制度のことである。MTLでは,(現職教員である)大学院生に2 種類のチューターがかかわる。一つはIoEのスタッフであり, もうーつは大学院生と同じ学校の教員である。しかも,このコーチ役の同僚教員に対してもIoEがコーチとしてのトレーニングを実施するのである。これは、MTLの関心が,「優れた教育実践者の養成」にあるだけでなく,「優れた教員養成者の養成」にも向けられていることを意味している。本研究の問いは,IoE でのMTL にかかわる議論から現れたものである。したがって,本研究は,3年間にわたって実施された「教職大学院のカリキュラム改善のための調査研究」の延長線上に位置づけられるものといえるだろう。
また,わが国では, これまで,新任教員など経験の浅い教員は,経験豊富な同僚教員との日常的な相互作用から多くのものを吸収していた。それは,たぶんに無自覚的で体系化されない学びであったと思われるが,学校現場で教師が力量を向上させていくうえで有効に機能していたことは間違いない。いわゆる教師の協働性を基礎にした学びである。 ところが,昨今,文部科学省学校教員統計調査等の結果にも示されている通り,すべての学校種において教員の年齢構成に偏りが生じ,このような学びの過程が消失している可能性が懸念されている。このことは,教師の力量形成や質保証という点で,もはや喫緊の課題である。 このような現代的課題も,本研究が意義をもつ背景として指摘することができる。

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