兵庫教育大学 特別支援教育モデル研究開発室

事業報告

2013年度 海外動向調査

シンガポールにおける特別支援教育の現状と教員養成

1 はじめに

 シンガポールは東南アジアのマレーシアに隣接する共和制国家である。
東京23区とほぼ同じような面積の中に530万人(2013:スイス銀行)もの人が暮らす都市国 家であり、華人、インド人、マレーシア人からなる多民族国家でもある。
 シンガポールの教育制度の特徴を示すものとして、「ストリーム制」があり、子ども達は早くから試験によりコースや進路を振り分けられている。「能力主義」ともいわれるが、狭い国土、乏しい資源という国情から「国づくりをする上で、人材というものがもっとも重要な資源である」(第2代首相Goh Chok Tongの演説)というように教育に多くの予算を投入している。その教育制度はシンガポール教育省(MOE:Ministory of Education)が担い、国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)でも常にトップを争う成績をあげていることからも一定の成果が示されていると言える。
 一方、シンガポールは国連の「障害者権利条約」について日本に先駆けて批准している。急激な社会発展をとげるシンガポールにおいて、障害者に対する施策および、特別支援教育がどのように行われているか、また、教員養成や教職員研修がどのように行われているかを知るためシンガポール現地調査を行った。

2 視察場所

 (1)「SG Enable」
 (2)「SPD」
 (3)「NIE」

3 視察先の概要

(1) 「SG Enable」
2013年6月に、雇用に向けた障害者に対する訓練の機会を与えることを目的に設立された。
 ミッションは、障害者やその家族のエンパワメント、障害者に対する雇用機会の提供、地域への理解啓発である。インクルーシブ社会に向けイニシアチブをとる施設であり、健常者も迎えて障害者とともに過ごすことができる場である。例えば、今後、健常児と障害児の統合教育を行う幼稚園を設立する予定である。病院など、様々な機関と連携をしながら、障害者に包括的な支援を提供することを目指している。
職員は約60名で、開発部と訓練部で組織されている。現在は政府からの援助を受けているが、将来的には、チャリティーなどの基金を得ようと考えている。ウェイター養成のためのレストラン、創作活動を行う場、司書養成のための図書館など、訓練のための施設を今後改修予定である。

(2) 「SPD」
 SPDは1964年11月27日に、社会法に基づいて登録設立され、1984年6月28日に、 チャリティー法に基づいて、慈善事業としてのチャリティーコミッショナーとして登録されている。Charity governance Award 2012、Awarded Singapore Prestige Brand Award 2009-2010等の受賞歴があり、社会的評価の高い施設であると言える。
 SPDの使命は、障害者と協力して、そして障害者の方の可能性を最大限に引き出すこと、障害者がこの社会の中で自立して暮らしていけることで、ビジョンは、健常者も障害者も含む包括的な地域社会をつくるということであり、障害者の方が社会から孤立しないことを目指している。
現在の利用者数は4,600人にのぼる。サービス対象は身体障害(脳性麻痺、筋ジストロフィー、脳卒中、事故等による障害)、知的障害、成長障害、感覚障害といった、あらゆる障害であり、対象とする年齢層は幼児から老人までと広い。これに伴い、サービス内容も極めて広範にわたっており、幼児期からのセラピー、学齢期における教育サービス、青年期から成人期における技術のトレーニング、ITのトレーニング、就労支援(アルバム等の製品制作と販売、パッケージ詰等の作業)等が含まれる。
SPDの説明の中でも、特に力点が置かれていたのが、ITトレーニングと、エピックセンターであった。
 ITトレーニングは、基本的な技術から、より高い技術を習得するようにプログラムが体系的に提供されている。特にIACCertificateという、実地の仕事に直結するような、体系的なITに関するコースを提供しており、実習生が雇用の機会、インターンシップに見合った内容のトレーニングを受けることが可能になっている。携帯やiPhoneといったIT機器に関するプログラム、AACに関するプログラム、IT環境を個人に応じて利用するためのプログラムも含まれている。さらに、学校や職場で、例えば車椅子の人が、その職場できちんとスペースを確保して働くことができるような環境の整備にも力を入れており、職場に出向いての支援も行っているとのことであった。
 エピックセンターは、教育省の支援により、2011年10月にSPDに開設された。センター では個々のニーズに応じてエピックプログラムというプログラムを提供している。エピックプログラムは幼児と子どもに対する初期の介入プログラムであり、子どもたちの可能性を最大限に引き出して成長を促す助けをすること、子どもが苦手とする分野も伸ばすこと、家族に対するサポートを提供することを目的としている。国としても早期支援の充実を図る意向があり、2012年7月にはチューロンにも同様のセンターが開設されている。 プログラムの対象は5歳以下で、学校や家庭からの申し出に応じてエピックセンターで検査を実施し、医師に診断された子どもとなっている。障害の種別としては、日本でいう発達障害の子どもを対象にしているようであった。個々人に提供されるプログラムのカリキュラムは、検査―評価―プログラミングするというシステム(アセスメントナビゲーションプログラムシステム(通称ANPS))にのっとって提供している。まず4週間をかけて子どもの行動や状態を観察し、その後検査を実施し、セラピスト、専門家等が子どもの今後6カ月のプログラムを決定し、6カ月そのプログラムに沿って実施される。6カ月後に、再度検査をして、また次の6カ月のプログラムを計画して実施する。その間、教師はまずプログラムを作成し、週の最後に、プログラムへの子どもの反応や成長を見極め、良くないと判断されれば見直しを行う。
 このようなシステムは、養育者、エピックの教師、教師をサポートするサブ教師、セラピスト(作業療法士、スピーチセラピスト、ビジュアルセラピスト、ソーシャルワーカー)等の専門家がチームとして提供している。必要であれば、子どもの家族、地域の学校、幼稚園、医者や看護婦、心理学者もチームに加わることがある。

(3)「NIE」
シンガポールで唯一、教員養成と教員研修を行っている機関であるNIE(National Insutitute of Education:国立教育学院)を訪問した。NTUのキャンパスはシンガポールの中心から地下鉄で30分程度離れた校外に位置している。周囲は元々ジャングルであったということで、緑の豊かな広大な敷地の中にたつ建物の大きさにまず驚かされた。特に図書館は円形のデザイン性の高い建物であり、シンガポールの国立大学としてのNTUらしい伝統を感じるものであった。

 1. Dr WONG Meng Ee先生の講義から
○シンガポールにおける障害者施策と特別支援教育
 シンガポールには障害者に対する法律というものはなく、障害者に対して提供されるサービスというのは一般的なものである。はっきりした法の下に規定はされていないという状況がある。現首相であるリー・シェンロン首相が就任したときのスピーチで(2004年)初めてシンガポールの首相として、教育が低い人とか、あとは障害者は社会の一部であって、シンガポール全体でそのような人たちの面倒を見る必要があるということをはっきりと口頭で述べている。
 シンガポールでの特別支援教育というのは、まず普通の学校(メインストリーム)に行けない子どもたちに対して施されてる。その障害というのは、あらゆる多様な障害を含んでおり、視覚障害、聴覚障害、自閉症、重複障害等、20校の特別教育をする学校がある。それらはMOE(Ministry of Education:教育省)という政府機関と、ナショナル・カウンセル・ソーシャル・サービス、略してNCSS(National Council of Social Service)という、2つの団体によって資金提供され運営がおこなわれている。40、50年前は、主に宗教団体によって、例えば教会、神社、モスクの人たちがチャリティで、例えば学校に資金援助するなど障害者に対する支援を提供していた。
統計的には、学童期になる7歳から18歳の子どもの約2.5%が、障害があるということが報告されており、その2.5%のうちの約7,600人は普通校に入学する。そして残りの5,400人は特別教育校に行く。NIEはそれらの教員に対する教育を施している。
○NIEでの教師教育
 普通校における学習支援プログラムとしては、教室に行って行動をサポートしたり、機器を利用しやすいように支援したり、クラスルームで何か苦しんでいる状態にあるときには、障害児をクラスの外に出して支援するというようなことをしている。その他にも、移行サポート、技術トレーニング、社会支援グループなどがある。社会支援グループというのは、例えば問題行動のある子ども、友だちをつくれないなどというときに友だちをつくる手助けしたりという支援をおこなう。あとは、障害児に対してどのように接したらいいかなどという、先生に対する支援がある。
 それ以外の役割というのは多岐にわたっており、例えば、親の支援、心理学者、療法士、セラピスト、などといった専門家と密に連絡を取って協力して、サポートを整えるということも行う。
 高校を卒業した、もしくは日本でいうところの短大、もしくは職業専門学校のようなところを卒業して、ディプロマだけを取った人ができる任務と、大学を卒業して学位を取った人が行う任務があるが、実際には極めて類似した内容になっている。
 教育者に必要とされる資格として、大学であれば学位であり、他にはディプロマがある。ディプロマについては、1年ぐらい現場に出た後で取りに来るケースが多い。その現場の1年というのは、何か資格があるというわけではないので、どちらかというと実習生というか、じかにその人が生徒に接するわけではなくて、より経験のある先生に付いて、何か実習して、ちょっと補助をするような形で1年を過ごす。
 教育省が唯一認めている資格がディプロマであり、特別支援教育の教員はこのディプロマを取る必要がある。昔は、慈善団体による、善意のある教員による支援の提供であり、何の知識もない教員が熱意とか、善意によって障害児に教育を施していたという背景があった。この制度は最近になって始まったことである。
 特別支援教育の教員になるには、大学の資格、学位であるとか、あまり高い資格を必要としないので、特別支援教育の教員になる人のなかには熱意を持って障害児に教えたいという人もいる反面、普通の学校の教員になりたかったのだけれども、そのプログラムを受けられない、資格がないためにこちらに来たという人もいるという問題がある。今、NIEとして力を入れていることは、特別支援教育の教員のレベルを上げるということと、特別支援教育の教員資格の中に学位を導入するということである。2015年にはシンガポール教育省として、教員になるためには全員が大学卒業でなければならないという資格を設ける予定である。

4 視察を終えて

 このシンガポールへの視察を行った時と同じくして、日本では「障害者の権利に関する条約」への承認が参議院で行われ、日本でもようやく条約が批准された形になった。国連総会で採択されてから7年を要した事になる。日本はその間、内閣府における「障がい者制度改革推進会議」その後の「障害者政策委員会」の設置、教育の分野では「特別支援教育の在り方に関する特別委員会」での報告とりまとめなど、条約の批准に向けての準備を進めてきたことになる。「障害者に関する法律はないんです」(前述のWON先生の報告から)という状況ながら、いち早く条約に批准したシンガポールとの違いが現れているように感じる。
 シンガポールは「障害者の権利に関する条約」の批准を既成事実としてそこから、国としての障害者支援や特別支援教育への取組みを強力に進めようとしている。これは、シンガポールが日本の一つの都道府県レベルの大きさであることと、教育省のトップダウンが徹底しやすいシステムが出来上がっていたことによって可能となっているように感じる。
 「SG Enable」の施設はあと2年余りで新しいものに生まれ変わるという。そのときにはシンガポールの能力主義といわれる教育の中味もまた新しいものに生まれ変わっているのではないかと思う。シンガポールの大きなエネルギーと可能性を感じた今回の視察であった。