認知科学的手法に基づく文章作成力向上のためのプログラム開発 教育内容・方法開発専攻 文化表現系教育コース[言語系教育分野(国語)]准教授 菅井 三実

研究目的

 本研究課題の目的、大きく次の2つが挙げられる。すなわち、①どのような要因が「分かりやすい文章」であることに関与するかを整理すること、②それらの要因が学校現場での文章指導にどのように応用可能であるかを明らかにすることの2点である。1点目でいう「分かりやすい文章」の要因は、一般的な認知能力に関するものを想定しており、そこには、理論言語学および関連領域から得られた知見を文章作成に応用しようとする意図がある。つまり、どのような表現内容がどのような表現形式で表されようと完全に恣意的(自由)なのではなく、表現内容によって、その表現内容に相応しい表現形式があることを示している。2点目は、上述の認知的要因が、どのように学校現場で応用可能なのかを検討することにある。研究協力者(初等中等学校教員4名)の勤務校において、実際の文章指導に上述の諸要因を導入し、その理解度と効用を検証する。
 本研究の特色として、文章作成に対して認知的特性が積極的かつ具体的に導入される点が挙げられる。基礎研究から導かれた認知的特性を作文指導に応用する試みは、現在のところ見られない。これに類するものとして、1970年代に「知覚のストラテジー」という概念が提唱されたが、これは文法関係を解釈する際の簡易な「目安」に過ぎず、文章作成に貢献し得るものではなかった。
 本研究の予想される結果としては、分析の過程で導き出される要因が直感的に受け入れられやすい点である。本研究課題は、基礎研究の手法により、「類像性」「近接の要因」「類同の要因」「視線の滑らかさ」等の諸要因が具体的な用法とともに例示され、学習者に大きな負担を課すことなく、無理のない文章学習および文章指導が期待できる。
 本研究の意義は、理論言語学的研究と国語科教育の連携を促進する役割を担う点である。本研究課題は、国語教育に対する認知言語学の貢献を前進させる効果が期待される。
 本研究の位置づけとして、科学研究費補助金一般研究(B)「小学校における総合的な文章記述力育成に関する基礎的研究」(研究代表者 森山卓郎,2009-2011年度)の内容を部分的に引き継いだものであるが、日本語学から国語科教育に対して理論的研究と実証的研究を融合させる試みは、ほかに見られない。

(経緯・背景)

 本研究課題の社会的背景として、新しい学習指導要領の総則で「言語活動の充実」や「言語力の育成」が強調されたことに触れなければならないところであるが、しかしながら、そこでいう「言語活動」や「言語力」というものが余りに思弁的で、基礎研究の研究者からは、概念規定上の問題を含め本質的な批判が強い。応募者自身、基礎研究の立場にいる者の一人として、総合力としての言語運用能力の向上について具体的なレベルでコミットしなければならないと認識し、上述の科学研究費補助金一般研究(B)「小学校における総合的な文章記述力育成に関する基礎的研究」(研究代表者 森山卓郎)において、この分野に関する本格的な取り組みを始めた。本研究課題は、その部分的な継承と新しい視点からの発展を含んだ独自の研究プロジェクトである。
 近年の国語科では、「論理的思考」というキーワードが示すように、論理的に判断し論理的に表現することが重視され、論理関係を表す接続表現の積極的な活用が指導されている。ただ、学校現場では、接続詞の活用のほか、語嚢の選択に注意を向けることや、冗長な表現を回避すること等の点に指導を加えることもあるものの、それでも、言語表現上の操作にとどまっており、「一般的認知能力」の観点から文章作成の指導法を開発する必要を抱くに至ったところである。
 一方、応募者は認知言語学のパラダイムにおいて、一般的な認知能力との関係の中で言語現象を分析してきており、知覚的特性と言語の相関性について一定の論証に至った上で、どのような特性が言語表現の分かりやすさに反映されるかについて、断片的ながらも蓄積してきたものがある。今回の研究課題は、これまでの部分的な蓄積を拡充し体系的に整理するところからスタートするものである。
 なお、本研究計画における平成24年度分の研究内容については、博報児童教育振興会による「第7回児童教育実践についての研究助成事業」への申請を準備しており、外部資金が調達されれば平成24年度分の申請は取り下げる用意があることを申し添えたい。

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