英語科の「指導と評価の一体化」に関する研究:ダイナミック・アセスメントに基づく新しい評価枠組みの開発 学校教育研究科・教育内容・方法開発専攻・准教授 吉田 達弘

研究目的

(1) 研究目的

 本研究は, ダイナミック・アセスメント(以下、DA)の理論に基づいて英語科の指導と評価の一体化に関する研究を推進し,生徒の言語知識の内在化と英語コミュニケーション能力の向上を図る評価の枠組みの開発することを目的とする(研究テーマ(1)学力向上・カリキュラム「学力向上につながる指導法の在り方」にあたる)。 学校教育現場で「指導と評価の一体化」の必要性が叫ばれて久しいが,多くの定期テストがそうであるように,学習者の既習の知識量(あるいは記憶量)の評価・測定で終わっている。教科学習においては, 学習量の評価・テストは行われて当然であるが,問題は,テスト後の学習につながるようなフィードバックが十分になされず,特に,英語科では、その後の生徒のコミュニケーション能力の育成につながっていない点にある。この間題を克服するために,DAでは, 生徒が言語活動を行う場面で,教師が, 生徒のパフォーマンスの質にあわせて,理論的根拠に基づいて作成された基準を参照しながらフィードバックや支援を与え,その後の学習において生徒が自立して(=教師の支援無しで)言語活動ができるようになるかどうかを予測する。このとき, 教師が,生徒の言語パフォーマンスの評価者であると同時に,適切なフィードバックや支援を与える学習活動の媒介者(mediator)となることが重要となる。本研究では、英語教育における従来の評価観を転換し,DAにもとづいた新しい評価枠組みの開発を行う。わが国の英語教育研究においては, DAの実践研究は, 前例がほとんどなく, 探索的な研究となるが, 2年間で以下の研究を推進する。
1 )DA理論に関する基礎的研究及び学校教育への応用研究についての国内外での調査(1年目)
2 ) 英語授業におけるDA実施の検討(1年目~ 2年目)
3 )DA の効果検証:英語授業でのDAの実施とデータ収集および分析(2年目)
4 )DA の評価枠組みの開発及び研究成果の公表(学会発表・学会誌投稿・ウェブサイト)(2年目)

(2) 学術的な特色・独創的な点及び予想される結果と意義

 本研究は,わが国の英語科教育でDAに関する理論的かつ実践的研究に取り組む初めての試みである。中高の英語教員が研究組織に参画することで,実践者からの視点も交えて理論的な評価枠組みが開発されるという独自性を持つ。DAが教室で活用可能な評価枠組みとなれば,生徒のコミュニケーション能力の育成につながる活動のデザインや教師と生徒の相互行為の改善など,英語の授業・学習の改善が促されるという好循環が生まれることとなる。

(3) 国内外の関連する研究の中での当該研究の位置づけ

 DAは、海外のヴィゴツキーの発達研究および社会文化的理論に基づく特別支援教育では,盛んに研究されていたが,近年,教科教育研究にも応用され始めている。外国語教育では,ペンシルバニア州立大学のJim Lantolf,Mat Poehner らが中心的に取り組んでいるが, わが国の英語教育では, 実践研究事例がほとんどない。今回の取り組みによって,外国語教育におけるDAの効果が確認できれば,実践とともに学術的にも大きな貢献ができる。

(経緯・背景)

 中学校,高等学校の英語教育において「指導と評価の一体化」の重要性が叫ばれて久しいが,このことは,「教え込んだことのみをテストすればよい」と狭く解釈されている事が多い。英語科の場合, 既習の語彙や文構造,あるいは,教科書英文の日本語訳がどれだけ再生できるかというテスト・評価観に矮小化される傾向があり,生徒のコミュニケーション能力を育成することにつながっているとは言い難い。もちろん, 教科教育においては,既習の知識量の評価・テストは行われるべきであるが,学習者がスコアに一喜一憂するにとどまったり,教師から十分なフィードバックが行われていなかったりと,その後の学習やコミュニケーション能力の育成に必ずしもつながっていない。このことは、多くの英語教師が抱えている問題であり,「指導と評価の一体化」の意味を再吟味する必要がある。本研究ではDAの理論に基づいて,教師が生徒のパフォーマンスに対して,生徒の言語パフォーマンスを最大限引き出すような評価・フィードバックを行い,自立して言語パフォーマンスを行う能力を付けることができるような枠組みを開発する。
  上述したように,海外の言語教育研究では,ペンシルバニア州立大学のJim Lantolf とMat PoehnerらがDAの開発と教師向けの実践研究を展開している。申請者(吉田)は,現地での彼らの講義に参加したり,研究ビデオ,研究論文に触れたりする機会があり,今回の申請を着想する際の基盤となった。また,申請者は,今回の研究組織のメンバーとは月例の研究会を開催しており,附属中学校の英語科教員とは附属中の研究開発に対して,指導助言を行うなど,協働的な研究に取り組んできた。さらに, 申請者は,平成18年~ 20年度,21年度~ 23年度と科学研究費補助金(基盤研究C) に採択され,DA が依拠する社会文化的理論をベースとした英語教育研究に取り組んできた。これまでの研究上の資源を活用すれば, スムーズな研究の推進ができると考える。

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