「話を聞く力を育成する英語教育実践方法開発:ストーリーテリングの活用」 言語系教育コース 有働 眞理子

研究目的

 本研究は、マルチセンソリー・ストーリーテリング(以下MSSTと略記)という語りの手法を英語教育の活動デザインに組み込み、適切に活用・展開することによって、英語学習の質的向上を図るとともに、発達障害や知的障害などの様々な対話困難を抱える子どもも含めたインクルーシブな教育環境において英語の学びを共有するための実践方法開発を目的とする。

 本研究の課題は、「特別な支援を必要とする子どもにも通用しうる学び方が、英語学習の方法としても、より普遍的な特性を持ち、優れているのではないか」という言語教育のあり方についての基本的な問いに端を発している。それはさらに、支援が必要な子どもが混じるインクルーシブな状況の教室において、実りある英語の学びが成立する際に最も有効な方法の一つとして、「多感覚を駆使したストーリーテリングを軸にした言語活動」が良いのではないかという、方法論についての(予測あるいは仮説に近い)問いにつながる。この二つの問いは相互に関連し、共に言語教育のあり方への答えの手がかりを与えてくれるものと考える。

 MSSTは、文字を介しない口承話芸の伝統に根ざしたもので、英国においては日常生活において広く普及しており、学校における言語教育のための様々なプログラムが開発され、スピーチセラピストの指導を添えて実践されている実情がある。有働と高野は、英語での語りを子どもたちに実践する企画を実現させた実績があるが、このとき、知的障害のある子どもたちも音声や身振りなどを手がかりに、ストーリーの展開を楽しんでいる様子が観察されたのはもちろんのこと、英語を学ぶ喜びを全身で表したり、反抗的な態度がセッション後に大きく改善したりといった、衝撃的とも言える教育的効果が見られた。本研究は、この時の支援ニーズのある子どもたちの外国語体験の観察に基づいており、MSSTが英語学習の方法として、語学的にも、教育学的にも、本質的なところで的を射た手法であると直感し、日本の英語教育事情に合わせつつも、新しい対話型のスタイルで英語の物語を学んだり味わったりする授業実践を可能にするための、外国語活動・英語の授業を調整・加工を試みる。

 対話性の高いストーリーテリング活動は、リテラシーのための読書活動に比べ、普及はまだこれからといった状況であり、特に外国語教育への応用はこれまであまり例がなく斬新な試みであると言える。

(着想に至った経緯等、研究の背景について)

 本研究は、申請に先立つ長きに渡る共同研究の成果を踏まえている。研究代表者自らの教育・研究のキャリアの最終局面を迎え、言語学・英語学の知見に基づいた知識と実践のバランスのとれた英語教育と、知的障害児・者の対話の芽生えを見つめた認知科学・発達心理学的な言語現象観察・分析という、2つの大きな流れが合流し、実りが生まれ始めている。

 言語学研究者・(大学)英語教育実践者である有働眞理子(兵庫教育大学大学院学校教育研究科 言語系教育学)と、小児科医師・医学・特別支援教育研究者である高野美由紀(同 特別支援教育)は、知的障害を抱える子どもの療育を通して出会い、異なる研究分野の視点から観察と解釈ができる利点を活かして共同研究を展開してきた。私たちは、常時継続的に助成金の支援による共同研究により、感性に訴える言語表現の効果や成果について観察・考察を実施してきた。その結果、言語教育、特に負荷の非常に高い外国語教育において最も腐心すべき方針は、ことばを学ぶ場の活動に身体性を豊かに持たせることであると確信するに至った。

 音声言語に関しては、感性のうち言語能力の基盤となる最たるものは聴覚であり、音声情報の大切さは言うまでもないが、英語教育においては、残念ながら発音指導方法が十分に実践に活かされているとは言えない状況がある。「音声とリズムに慣れ親しむ」ことへのニーズに、教師トレーニングや教科書の指導解説が不足している、つまり、教えるべき目的を達成する基盤が十分に整っていない状況があったので、兵庫県教育委員会の教員研修をきっかけに、英語音声指導のあり方について、自主的な研究組織を作り、実践研究を重ねてきた。有働・谷(2018)(『英語音声教育と音声学・音韻論』)を編集したのも、その一環である。さらに、より具体的な提案に向けて、親しみやすく活動性の高い英語の授業においては、音声指導をどのように組み込むかが解決すべき非常に重要な課題であるとの認識を強め、具体的な授業方法を開発するために、ストーリーテリングのスタイルを採用することが良いのではないかと考えるに至った次第である。

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