大災害後の子どもの心理的支援における心理アセスメントと個別相談に関する研究 人間発達教育専攻・教授 冨永 良喜

研究目的

(1) 研究目的

 本研究の目的は、大規模災害後の子どもの心理支援におけるクラスでできる心理アセスメント(心とからだの健康観察アンケート)の妥当性を検討することと、個別に支援を要する子どもへの教師やカウンセラーによる個別相談のあり方を明らかにすることである。

(2) 研究の学術的な特色・独創性な点及び予想される結果と意義

 大規模災害後の子どもの心理的支援は、発災からの時期によって支援のあり方が異なる。発災から3ケ月は、安全感・安心感の回復に全力をあげる。また、睡眠や体調などの生活の基本的活動が営まれるように環境を調整することと眠りのためのリラクセーションなどのストレスマネジメント法を積極的に提案する必要がある。災害の規模にもよるが、被災者が避難所から仮設住宅に移った頃から、自分のストレスやトラウマ反応に気づき望ましい対処の仕方を学ぶ心理教育が必要であり、さらに生活体験や災害にともなう体験の表現を仲間や教師が共感的に受けとめさまざまな感情や思いを分かち合う体験が必要になる。これまで、子どものストレスやトラウマの尺度として、小学生にはUCLAPTSDindex、中高生にはIES-rが海外では信頼性が高い尺度と評価されている。しかし、それらの尺度は、自分のストレスとトラウマを学ぶ心理教育として開発されていない。そのため、心理教育を行いやすい尺度を開発する必要がある。日本心理臨床学会・支援活動委員会(2011)は、冨永・高橋・小澤(2008)と既成の尺度の項目を参考にしながら、心理教育のための中高生31版、小学生19版を作成した。しかし、この新たに作成した尺度の妥当性を検討することは、長期の心理支援にあたって不可欠である。また、実施にあたっては、リラクセーションなどのストレスマネジメントと心理教育を併せて行うため、子どもに二次被害を与えることなく教師による個別相談の力量をあげることが期待される。また、この心理支援システムは、災害のみならず事故や事件後の心理的支援にも活用が期待される。

(3) 国内外の関連研究との位置づけ

 学校教育で活用しやすい尺度が開発され、あわせて、海外で開発された尺度との関連を検討することで子どもの心理的支援のシステムを体系化できる。

(経緯・背景)

 災害後のスクリーニングテストとして、国連の災害戦争後の精神保健ガイドラインであるIA SC(2007)は、スクリーニングテストとして、十分な妥当性と信頼性のあるものを用いることを推奨している。
 現在世界的に用いられている災害事件後のスクリーニングテストには、高校生以上にはWeiss&Marmar(1997)の22項目の出来事衝撃度尺度(IES-r) 、子ども用にはUCLA-PTSDindexがある。しかし、教育現場で、そのアンケートのみを実施することは、次の4点において課題がある(日本心理臨床学会・支援活動委員会,2011)。また、UCLA-PTSDindexは、邦訳されているが、わが国で標準化されていない。
1 )心理教育の課題:大規模災害においては、被災者自身が自分の心身反応を知り適切な対処法を学ぶこと(「心理教育」と呼ばれている)が重要であると指摘されている。しかし、IES-r、UCLA-PTSDindexは、トラウマの3 症状である過覚醒・再体験・回避マヒが、ランダムに配置されており、スクリーニングテストとしては優れていても、自分自身にどのような反応があらわれ、どう対処したらいいかを学ぶには適切でない。
2 )否定的認知の課題:トラウマ反応からストレス障害に移行する因子として、自責感などの否定的認知が指摘されている(Ehlers A,Mayou RA,Bryant B,2003)。しかし、IES-rには、否定的認知の項目が含まれていない。
3 )生活が阻害されている行動項目の課題:IES-r、UCLA-PTSDindexには、身体愁訴、不登校傾向、乱暴な行動などの行動項目が含まれていない。海外では、複数のテストを組み合わせて活用しているが、大規模災害のスクリーニングとしては、項目はできるだけ少ない方がいい。
4 )肯定的な項目の課題:学校享受感、進路将来の目標などの肯定的な項目は、スクリーニングテストの後の個別面談において、有用である。しかし、IES-r、UCLA-PTSDindexには含まれていない。
 この4 点の課題を解決するために日本心理臨床学会・支援活動委員会(2011)は、教員・臨床心理士・医師を含むチームを結成し、カテゴリーと項目を精査して、PTSR-EDTRAUMA25を作成した。

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