図画工作科・美術科における伝統文化学習教材化の視点と展開-チェコ共和国と日本における事例の比較から- 芸術系教育コース(美術) 准教授 淺海 真弓

研究目的

日本とチェコ共和国の美術教育の主要な学習材である美術教科書の中で,それぞれの伝統文化とアニメ,マンガ等がどのように扱われているのかを調査し,伝統文化学習の現代的な意義を明確化するとともに伝統文化の内容を見直し,アニメ等のメディア表現を活用したあり方を検討し,美術教育における伝統文化教育の有効な指導方法や教材化の可能性を明らかにする。

研究の意義

 アニメやマンガ等と伝統文化の関連の紹介事例は既存の美術教科書に見受けられるが,現代の立体アートやフィギュアと伝統的な仏像彫刻や工芸,人形との関わりは見られない。又,両者の関連については学術的な研究も進んでいない。両者の造形的な関連性を明らかにし,美術教育が取り入れることは,非常に独創的であり,平面造形と比べ,遅れがちな,立体造形の表現,鑑賞の推進に繋がることが期待出来る。

 先行研究として「伝統・文化を図画工作でどう指導するか」(福本謹一『教育研究』初等教育研究会,2010),「『伝統文化』の記述と掲載作品に関する考察」(山口喜雄, 戦後美術科教育における掲載作品の研究(13)『美術教育の世界ドキュメント2012』,2015)等を参照しながら,チェコの伝統文化学習の実践調査を加味して伝統・文化学習の具体的な授業構想の提案を行う。

(経緯・背景)

 アニメやマンガ等,ポップカルチャーとして美術の枠で語られることがなかった表現が,世界的な評価の高まりと共に芸術作品として今日,教科書で定番的に取り上げられるようになった。現行学習指導要領の中学校美術,指導計画と内容の取り扱いの項において「漫画やイラストレーション等の,多様な表現方法の活用」が示されており,これは新指導要領にも引き継がれている。しかし,人気のアニメやマンガの作品が教科書に紹介されるというインパクトに反し,小中学校の図工や美術教育の現場でのそれらの扱いは,表現においてパラパラアニメが取り上げられる程度に留まっている。その理由は様々に考えられるが,何よりも指導方法,教材開発が充分に進んでいないという点が大きい。

日本のアニメやマンガの評価はユニバーサルな人物表現等,他に類をみない点によるものが大きいが,その独自性は日本美術や文化を元に,他文化から様々な影響を受けつつ形成されたものである。例えばマンガやアニメのコマ割りが絵巻から,キャラクター表現が浮世絵から影響を受けていることは良く知られており,各社の教科書の中でもしばしば,そのような紹介が見られる。ところで,日本の教育の今日的な課題の一つとして,伝統文化の教育が上げられる。新学習指導要領においては我が国の伝統や文化に関する教育の充実が改定ポイントして示された。美術教科においても新学習指導要領において現指導要領に引き続き主に鑑賞領域において「伝統や文化のよさや美しさを感じ取り,諸外国の美術や文化との相違点や共通点に気付き,美術を通した国際理解や美術文化の継承と創造について考える」点が示されている。このような自国のアイデンティティーの形成は我が国だけでなく,世界的に重要視される傾向にあり,美術教育の中でも検討を要する項目となっている。この伝統文化学習を進める上での大きな問題として,ナショナリズム化への危惧や伝統文化と現代の若者文化との親和性の低さがある。そこで,子どもや若者に親しみやすいアニメやマンガ,さらに今まで取り上げられることがなかった,立体のフィギュアを介した実践的な伝統文化学習の指導方法と教材開発を検討する。伝統文化と同時に現在における最新のアートを知り,体験することは,新たな文化の創造に繋がることが期待出来る。

具体的な開発を前に,この研究が世界的な課題に応えていくものとなることを目指し,日本同様にその伝統文化から独特のアニメや絵本,人形文化を発達させ,世界的に高い評価を受けているチェコ共和国の事例と比較検討を行う。「小さい国が存在していくためのたったひとつの保証は大きな文化を持つことである」これはチェコ共和国の人々の間で繰り返えされてきたスローガンである。大国からの支配を長年受けつづけてきたチェコの人々は柔軟に宗主国の文化を取り入れながらチェコ語をはじめ自分たちの文化アイデンティティーを保つため芸術文化を重んじてきた。特に高い芸術性を有した人形劇やそこから派生した,パペットやクレーアニメ,絵本等は子どもたちへ自国の文化を伝える教育ツールとしても重要視されてきた歴史がある一方,文化や人種を超えた普遍的な人間の有り様や生の表現が支持され世界各国に配信,出版されている。

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