被災地宮城県の子どもの実行機能及び自己制御能力の向上に関する研究 学校心理・発達健康教育コース・教授 松村 京子

研究目的

(1) 研究期間内に明らかにすること

 本研究では,被災地宮城県が抱える子どもの問題の解消と予防を目指して, STARTプログラム(下記参照)を5歳児に実施し,実行機能及び自己制御能力への効果を明らかにする。そして,小学校入学後の対象児の学習状況と学力を調査し関連性を検討する。

(2) 学術的な特色・独創的な点及び予想される結果と意義

 近年,北米を中心として,実行機能や自己制御力の向上のための教育プログラムが開発されている。筆者は,その中から,特に注意集中と自己抑制を強化し,実行機能と社会的情報処理能力の育成を意図したGoal Orientation,Attribution Learning & Self-control (GOALS) プログラム(Schultz & Betkowski, 2008)に注目した。筆者はこの作成者Schultz博士の了解のもとに,日本の教育実態に適合させた,担任教師が指導するSocial Thinking & Academic Readiness Training (START) プログラムを開発した((株)医学映像教育センター,2011)。STARTプログラムの指導を受けた子どもには実行機能,自己制御力,集中力,授業中の教師の指示に対する応答性の向上などが明らかになっている(Imai-Matsumura et al., 2011;2014)。

 本研究では,被災地としての問題を抱える子どもたちに対してプログラムを実施し,その効果を検証する。研究は,プログラムの実施時期をシフトさせることで実験群と対照群を設定して進める。これによって学校現場の実践研究であっても,実証性が高いデータが得られ,学術的にも意義があると考える。また,子どもの変容の評価として,(1)子どもの能力の直接測定,(2)教師による子どもの評価,(3)クラスでの子どもの行動のビデオ分析と,多面的に行うことによってより価値の高いデータの収集が期待できる。

 日本の子どもの実行機能の発達と学力の関連性については,縦断的に調べた報告は見られない。特に,就学前教育から小学校へは,校種が異なることから縦断研究は困難である。本研究では,それを試みる。

(3) 国内外における本研究の位置づけ

 前述したように,本研究は,国際的な視野に立った研究である。また,本研究で実施するSTARTプログラムは,子どもの自己制御力の問題である「小1プロブレム」に対処するものとして,既に加西市,姫路市,大阪市等で実施されており,社会的にもニーズが高い。本研究は,被災地宮城県の子どもの問題の改善と予防にも貢献できるものと考えている。

(着想に至った経緯等、研究の背景について)

 東日本大震災により宮城県は甚大な被害を受け,津波で家族を亡くしたり家屋が流されたりした子どもが少なくない。また,時間の経過とともに,家庭環境や生活環境の問題も複雑化してきており,生活ストレスによる心の問題の増加も懸念されている(宮城県教育委員会,2013)。実際に,不登校や学業面での問題が増加しており,不登校のきっかけとしては「不安など情緒的混乱」が最も多くあげられている(文部科学省,2014)。幼稚園から小学校低学年児においては,興奮,混乱などの情緒不安定や,落ち着きがなくなるなどの行動上の異変の症状が出現しやすいと報告されている(宮城県教育委員会,2013)。このような震災後の子どもたちの問題行動を改善する一つの糸口として,子どもの実行機能と自己制御能力を高めることが考えられる。

 実行機能とは,認知及び行動の制御に必要とされる能力であり,目標志向的行動や注意制御,行動の組織化などに関わる多次元的な概念とされる(Duncan,1986)。実行機能は行動面及び学習面の両方の学習準備として重要で(Bierman, et al., 2008; Blair, 2002; Wyatt, et al., 2008),特に,複雑な考え(例えば,創造力と推論;Diamond, 2008),社会的コンピテンスの様々な面(例えば,社会的問題解決,情動調整と注意集中; Blair, 2002;Diamond, 2008)において不可欠とされている。さらに,就学前児の実行機能の高さが小学校入学後の算数や読み書き能力などの学力と関係があるという報告もみられる(Wanless, et al., 2011; Gestsdottir, et. al.,2011)。また,その発達の時期については,神経科学の知見より(Huttenlocher & Dabholkar,1997),就学前から思春期にかけてが重要とされる。

 そのような中で,宮城県は子どもたちの「心のケア」を担うため,平成24年度から養護教諭を本学大学院に毎年3人ずつ5年間派遣し,県の中核となる人材養成を行っている。平成28年度がその派遣最終年度に当たる。そこで,筆者と子どもの情動の発達について研究を進めてきた現職派遣教員とでプロジェクトを組み,宮城県の子どもの実行機能及び自己制御能力を向上させ,学習への態勢を整えるための介入研究を行う。筆者は前述のSTART プログラムを開発しており,実行機能及び自己制御能力を向上させることを明らかにしている(松村・笹口,2011; Imai-Matsumura et al., 2011)。本研究では,プロジェクト1年目にSTARTプログラム実行機能関連レッスンを実施し,その効果を明らかにする。そして2年目に小学校での授業中の行動や成績との関連性を調べることを目的とする。

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