
本研究の目的は、幼児の遊びの中で生起する探究的な行為を、ティンカリングおよびイテレーションの概念を用いて記述し、そこに潜む学びの生成過程を明らかにすることである。具体的には、保育実践における観察記録および映像記録を収集・分析し、子どもが環境に働きかけながら試行錯誤を繰り返す過程をイテレーション・モデルに基づいて構造化する。また、その際に生起する保育者の支援との相互作用を整理することで、幼児の探究がどのように支えられ、発展していくのかを明らかにすることを目指す。さらに、STEAM教育を導入する他の学校園と比較しつつ、幼児教育における探究的学びの特徴や実践上の示唆を検討する。
本研究の学術的特色は、幼児の遊びに内在する試行錯誤に関して、ティンカリングおよびイテレーションの概念を用いて反復的な学びの過程を理論化する点にある。従来、幼児の遊びが創造や探究を育む場であることは指摘されてきたが、その過程における循環的な行為の展開を、発達的変化として精緻に記述する研究は十分ではなかった。この点に関して、本研究では、ティンカリングと親和性が高いラピッド・プロトタイピングに見られるイテレーションの枠組み(Sylvia & Gray, 2013;石井・森, 2013)を援用し、①創発、②計画、③実践、④評価、⑤改善のプロセスが、幼児の遊びの中で動的に連続して立ち現れる様相を記録する。これにより、ティンカリングを、身体を介した試行錯誤だけではなく、思考と行為を循環させながら理解を再構成する探究過程として捉え直すことが可能となる。また、この知見は、幼児教育におけるSTEAMの基盤的理解を深めるとともに、初等教育への接続を見据えたカリキュラム設計において理論的・実践的な指針を提供する点に意義を有する。
海外においては、幼児の遊びを科学的探究の初期形態として捉える研究が進んでおり、Rhetaら(2001,2010)は、子どもが環境に働きかける過程を仮説生成と検証の反復として整理している。一方、日本では秋田・神長(2016)をはじめ、子どもの試行錯誤を支える保育者の応答や環境構成に関する研究が蓄積されてきた。しかし、幼児の探究を行為と思考の循環を通じた理解の再構成として明示的に理論化する枠組みは十分ではない。この点に関して、申請者ら(2025)はティンカリングとイテレーションの親和性を指摘したが、その過程を実践記録に基づき体系的に分析した研究は未だ少ない。そこで本研究は、幼児の遊びにおける探究生成過程をティンカリングとイテレーションの両視点から記述することで、国内外の研究を架橋し、幼児期におけるSTEAMの理論的基盤を示す新たな視座を提供することを目指す。
近年、幼児教育において探究的な学びや創造性の育成の重要性が強調されている。しかし、その議論の多くは初等教育以降を主対象としており、幼児期の遊びにおける学びの生成過程をどのように記述し理論化するかについては、依然として十分に整理されているとは言い難い。一方、保育現場を見ると、幼児は素材や環境に手や身体を介して働きかけ、試行錯誤や調整を繰り返しながら、新たな操作や関係性を発見していく姿を日常的に示す。これらは単なる遊びではなく、問いを生み、色々と試し、再構成するという学びのプロセスとして捉えられる。すなわち、幼児の遊びは既存知識の再現ではなく、試行を通して理解を自ら変容させる探究的行為として再定位できる。
申請者らは2021年より兵庫教育大学附属幼稚園(以下,附属幼稚園)と共同研究を進め、幼児期における STEAMの在り方についてティンカリングの視点から子どもの試行錯誤に焦点化した記録と省察を蓄積してきた。そこでは、自らの身体を介して、様々な環境や素材に働きかけモノを作り直したり、思い通りにいかない際に手立てを変えたり、友だちとの対話を通して新たな方法を見出す姿が繰り返し観察されている。これらは、創造的かつ実験的な探究として位置づけられるティンカリングに一致し、さらに試行・評価・改善を循環させながら理解を深めるイテレーションの概念と強く結びつく。すなわち、ティンカリングをイテレーションの視点から子どもの姿を捉えることで、幼児期の学びを思考と行為の循環として可視化し捉え直すことができる。また、近年注目されるSTEAM教育においても、反復的な試行と省察による理解の再構成が中核とされる。したがって、幼児の遊びにみられるティンカリングをイテレーションの概念で整理することは、幼児教育におけるSTEAMの基盤理解を形成し、初等教育との接続を見通すうえで有効であると思われる。このような継続的な理論と実践の積み重ねが本研究の着想に至った契機である。