シリーズ「コロナと教育」(濵中裕明教授インタビュー3)

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シリーズ「コロナと教育」は、本学の教員に、それぞれの専門領域の見地から、コロナのこと、教育のこと、人生のことなどを語ってもらうインタビュー企画。
第二弾は、濵中裕明教授です。

国語は苦手。でも、算数が大好きだった少年は、長じてから数学者になりました。
専門は、代数的位相幾何学。兵庫教育大学に着任してからも、数学研究の一本道をまっしぐらに進んできましたが、35歳のとき、数学教育へとその軸足を移します。
数学を何かの役に立つ「実用品」としてだけでなく、数学そのものの面白さを伝えられる教員を育成するべく、日々心血を注ぎつづけて15年。
人生100年時代の今、50歳の大台に乗り、後半戦に足を踏み入れられた濱中教授に、人生のこれまでとこれから、そしてコロナ禍の今について伺いました。



|話し手|濵中裕明教授 |聞き手|佐田野真代(広報室員)・永井一樹(広報室員)

第3回:数学から数学教育へ

N:子供の頃から数学が大好きで、大学も研究者になってからも数学一筋でやってこられたのに、今数学教育の方にフィールドを移されています。なぜでしょうか。

濱:まあ、教育大学にいますので。ちゃんと教育のこともしなきゃなって気持ちがあってですかね。正直なところ、初めは「教育をやろう」と意気込んできたわけではなかったんです。でも、この大学いいなと思ったのは、学生がみんなやりたいことがはっきりしていて、キャリア意識があることですね。いい意味で専門学校みたいなところがあって、その辺がすごく好感を持てたんです。やりたいことないけど、とりあえず大学来ましたみたいな人がほとんどいない。だから、そういう学生たちに応えていかなければならないと思ったのが、一番ですね。

N:「やりたいことないけど、とりあえず大学来ました」組の私にも、この大学が「いい意味で専門学校みたい」という感覚はすごくよくわかります。

濱:最近、教員就職率が落ちてきているというのは悲しい話だとは思うんですが、それも教員という職自体の魅力が下がっているという見方もあって、われわれ教育大学としては、単に学生を現場に送り出すだけじゃなくて、学校現場そのものの改善にももっと目を向けなければならないのかなとは思います。学生は自分たちの子どものようなものなので、送り出す先のことまで考えてあげなければいけないなと思いますね。育てて、「あとは勝手にしろ」って放り出すだけでは、そのうち誰もやりたくなくなっちゃうだろうから、先々まで考えてあげなきゃなと。

S:そんな風に数学から数学教育に転身されたのはいつごろですか?

濱:35歳のときですね。当時はまだ准教授でしたが、これからは教育の仕事にも関わっていこうと心に決めて、とりあえず数学教育の授業を学部生に混じって受けました。一番後ろの席に座って、時間割上で可能なコマは全部受けましたね。

S:35歳までは数学専門で?

濱:はい、数学しかやってなかったです。


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S:兵庫教育大学に来られてからも?

濱:はい。数学の論文しか書いてなかったです。数学教育は35歳から。

N:十数年前の話ですね。

濱:ちょうど15年前ですね。今50歳なので。

N:人生100年時代と言われます。今後の後半戦の目標や野望についてお聞かせください。

濱:四十にして不惑と言うじゃないですか。35歳のときに数学から数学教育に軸足を移したけれど、四十のとき、ああこれでいいなと思いましたね。もうこれからは数学教育の方をメインでやっていこうと思っています。教職大学院でやってきて、私自身は手ごたえがあるので、数学教育の分野で、何か次の世代に残せるものがあればいいなと思っています。
僕、Facebookやってるんですけど、思い出機能ってあるじゃないですか。過去の自分の投稿がニュースフィードに表示されるというサービス。最近、8年前の投稿が表示されて、懐かしくて読んだんですけど、今ちゃんとその時の思いどおりやってるなと思って、びっくりしたんです。

S:どんなことを書かれたんですか。

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濱:当時あるイベントで、谷田増幸先生(教育方法・生徒指導マネジメントコース教授)を呼んでお話を聞いたことがあったんです。学校というのは、社会を再生産する工場なのか、それとも社会を変える装置なのかっていう話だったんだけど、学校って、社会でちゃんとやっていける人を育てて、今の社会をもう一回次の世代で回すための装置という風にも考えられるじゃないですか。「社会に通用する人を育ててください」なんてよく言われますよね。でも、一方で、今ある社会に適合する人を育てるんじゃなくて、今ある社会を変えるための装置としての学校も考えられるんじゃないか、と谷田先生が言われてて、なるほどなと思ったんです。
で、全く同じことが、教員養成と学校現場にも言えるんじゃないかと思って。学校現場からは、「大学で学ぶ内容なんて役に立たない」とか、「もっと現場に即した教育を」といった意見があると思うんですけど、それはつまり、今ある学校現場で通用する授業ができるような人をちゃんと出してくださいという要望であって、学校現場の再生産でしかないのではないかと。一方で、学校現場を変える装置としての教員養成というのも大事なのではないか、というようなことを書いたんです。

S:学校現場を変える...。それはどんな教師像ですか。

濱:たとえば、教科書に書いてあることをただ分かる、話せる、説明できる、じゃなくて、書かれてあることの背景には何があるのか。どうして、これを我々は授業して、そのことによって生徒はどんなメリットがあるのかといったことまでも分析するような教員を養成しないといけないと思います。今、共同研究者がまさにそういうことを研究している人で、「教授学的転置理論」というんですけど、数学者の集団のなかで数学が生み出されて、色んな経緯をへて、学校現場(数学教育の集団)にそれが移っていくわけです。その過程で、学校現場でやるから、これはちょっとできないなと取捨選択されたり、加工されたりしていく。つまり、同じ数学でも、それを扱う集団によってその意味やかたちが変わってくる。そういうところに目を向けた研究で、私も一緒にやっています。今の現場に通用する教育というよりも、今はなされていないけど、次の世代ではこんな教育をしてほしい。そんな展望をもった研究なので、8年前にFacebookで書いたときの思い通りのことを今しているなと、思います。(第4話につづく)

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