安部崇慶教授 語録

(Special Thanks to 藤井雅哉 様 2012 年度修了生の藤井さんが作成されました)

頭を酷使せよ(あたまをこくしせよ)

 「 頭がウニになるほど(?)酷使せよ。考えられないほど脳みそを駆使せよ。肉体的な疲労は一日回復しない。精神的な疲労は一週間回復しない。しかし頭を酷使したら頭の芯の疲れは一年回復しない。それほどやれ。」

「いろは」の「い」(いろはのい)

 最初のゼミで『日本教育小史』の各章をA4用紙2~3枚にまとめてくるようにとの課題を出された時のお言葉。
 「論文を書くときに最初にしなければならないことは、先行研究を調査してまとめること。
自分がやろうとしていることに関する同じ研究はあるの か無いのか、例えば『学制』についてやろうとしたら先行研究は10,000 点ほど出てくる、そうしたら今さら研究できないということになる。先行研究の数 は少なくても、自分がやろうとしていることが出てきたら、もうそれには取り組めない。先行研究調査をすると、やろうとしていることは必ず誰かが既に言っている。それに対して八割は納得するが二割は違うと思ったら、やる価値はある。そうしたらその先行研究の内容を理解するのは「いろは」の「い」だ。一番鍛え ることは、本を読み取って再現する力と、それを要約する力。極端に言うと1,000 頁の専門書をB5用紙1枚にまとめられる力が必要。それは先行研究の成 果を自分の論文に入れ込むためだ。」

院生同士で話し合え(いんせいどうしではなしあえ)

 「 院生同士で教育とは何か、教師とはどうあるべきか、それぞれのスピリッツ・ソウル・マインドをぶつけ合え。一般的な話でもいいから、それを自分の教育観 で切れ。そうするうちに自分の実践が間違っていたのかもしれないという反省が起こってくる。自分を客観的に再評価せよ。足りないことは思った以上に足りな かったかもしれない。頑張ったことは実はそうではなかったかもしれない。ああでもない、こうでもないと激論を交わすことも大切な勉強である。」

引用(いんよう)

 最初のゼミで『日本教育小史』の各章をA4用紙2~3枚にまとめてくるようにとの課題を出された時のお言葉。
 「 引用と盗作は違う。先行研究の知見を採用するのはパクリである。引用はあくまで“学ぶ”ということ。それ(知見)を自分が見つけてきたというのはパクリ になる。論文で一番してはならないこと。人のものをパクったら、どうあがいたところでアウトになる。引用する際は“著者『題名』出版社、出版年” を書く癖 をつける。これを律儀にするかしないか、少しずつの積み重ねが大きな差になる。引用と盗用の違いを理解し、ちゃんとしたルールをクリアすることと、引用し ながら各先行研究の違いや同じ点が分かるようにすることがM1の間にする力量形成である。」

クリティカルリーディングをせよ(くりてぃかるりーでぃんぐをせよ)

 「先ず文献を理解して読み、その内容を過不足なく報告した上で最後に批判しなさい。著者が述べているのはこうだろう か?ここが違うのでは?これは独断に過ぎないのでは?ということを指摘しなさい。その批判の目的をはっきりさせて、違うなら違うという根拠(どういう資料 を基にしたか)を示しなさい。立場、スタンスによっても見方は変わる。先行研究のどの部分が明らかになっていないかということも見つけなさい。」
 私たちは安部先生の御著書『芸道の教育』でクリティカルリーディングを行ないました。毎週著者を前にして戦いを挑むのですから、返り討ちに遭い、ボロ雑巾のようになっていました。

コミュニケーションツール(こみゅにけーしょんつーる)

 「コミュニケーションツールは確かに便利だが、それを使うことによって失うものは何かということに思いを馳せなければ いけない。昔は手書き原稿で、今のパソコン原稿と比べると内容が全然違う。書くという作業とキーボードを打つという作業では思考・発想の仕方が違ってく る。書くためにはより深い思考が必要になってくる。人間は困難にぶつかればぶつかる程、それを打開できるコミュニケーション能力が身に付く。例えばメール を打つことがどんな能力を疎外し、ダメにしているかを知らなければならない。」

作品はうんこ(さくひんはうんこ)

 「先行研究を消化して自分のことばでつむいで書く。クリエートする人にとって作品はうんこである。うんこと言っても作るのには苦労する。」

刺すなよ(さすなよ)

 「俺は研究に対しては厳しいから、あかんものはあかんと遠慮なく言ってきた。しかし恨みに思っとる奴も居るかもしれんから、研究室では襲われたときに対処できるように分厚い論文をいつも傍に置いていた。お前たちも刺すなよ。」

Something New(さむしんぐ・にゅー)

 「極端に言えば3章まで先行研究と同じ論でもいい。しかし終章だけはオリジナリティーが必要。先行研究でここまで明ら かになっているが、自分はさらに深めたいであるとか、誰も触れていない領域を扱うであるとか、誰かが触れているが解釈が違うであるとかのサムシングニュー が必ず要る。それを見つけるためにはクリティカルリーディングする力が要る。」

幸せ→波及(しあわせ→はきゅう)

 「自分が調べたいことを楽しく調べて論文を書けたら何より幸せ。何でそのテーマにたどり着いたのか、そこから何を学び 取ろうとしているのか、それをやることが教員人生にどう役にたつのか、客観的な批判にも耐え、本人も満足しているとなれば幸せである。そういう人物が一人 でも出れば波及効果は大きい。ここまでやるのが当たり前だというモデルになる。」

自明視するな(じめいしするな)

 「何でもかんでも鵜呑みにするのはよくない。何故?という疑問を抱くことが大事。君たちは何故日本の学校が四月から始 まるか知っているか?学校には何故塀があるか知っているか?何故体育や美術を学校で教えなくてはならないのか?物事には必ず理由がある。兵教大が何故社の この地に建てられたかというのにも理由がある。」

執着(しゅうちゃく)

 「何が何でも書いてやるんだという執着があるとゴールにたどり着ける。しんどくてもチャレンジできる。」

精読(せいどく)

 「1,000頁くらいの専門書は精読するのに最適である。なぜなら徹底的に根拠をしめしているから。どんな論拠で述べ ているかを正確に読み取って再現するには新書や啓蒙書は適していない。内容を把握し、わからない言葉や人物については徹底的に調べる。1冊を精読すること は100冊を読むということ。これをしっかり本気でやると、おどろくべき力が身に付く。本を読んで無駄になることはない。今手抜きをすると後でまたやり直 さなくてはならない。」

ゼミ生は家族(ぜみせいはかぞく)

 完成した修論を持って田辺に行き、安部先生のお墓参りをした時に奥様から「10年ほど教員宿舎で一緒に暮らしたことが ありますが、主人(安部先生)は常々ゼミ生は家族同然だからそのつもりで接するようにと言っていました。」とお聞きしました。そして、よくご自宅にゼミ生 を招いておられたそうです。しかし、厳しく温かいご指導はご自宅でも変わらず、男性でも泣きながら帰っていく姿を奥様は度々目にしたと仰っていました。

ゼミ旅行(ぜみりょこう)

 「ゼミ旅行はゼミの修了式でもある。そこで先輩は後輩に対して、どんな力を早くつけなくてはいけないか、何に苦労したか、それをどう生かしたか、微に入り細に入り伝えなくてはいけない。」

削ぎ落とす(そぎおとす)

 私たちが中間発表用の原稿を見ていただこうと安部先生にお渡ししたところ…
 「誰がA4用紙2枚で持ってこいと言った?お前たちは自分の力が分かっているのか?A4用紙2枚をなんとか文字で埋めましたというものが良い原 稿であるわけがない!A4用紙5〜6枚にまとめて見てくださいというのが本当だ。そこから2〜3回書き直し、余分なものを削ぎ落としてA4用紙2枚にした ら良い原稿になるんだ。俺の『芸道の教育』で「茶道保存陳情書」を引用しとるが、その長々としたものを「儒教的倫理」と「祭祀的性格」の2語に集約しと る。こんな言葉は「茶道保存陳情書」には出てこんが、俺はこの2語にまとめたんだ。このように言葉を選び、考え抜いて削ぎ落とすことが大事なんだ。論文も そう。先ず1,000枚(原稿用紙で)くらい書いて、そこから300枚程度に集約したら良い論文になるんだ。」

そのまま使えるように(そのままつかえるように)

 「毎回ゼミで発表するレジメを意識的にまとめておくように。今日のレジメは○章の○節のこの部分といった感じで、その まま修論として使えるようにしなさい。ただ自分の発表を振り返って、それが使い物になるかどうか、院生同士で(ゼミ終了後に)デイスカッションをしたり、 アドバイスをし合ったりしなさい。」

楽しめ(たのしめ)

 「論文はテーマを決めるときが一番楽しい。こんな研究はどうだろう、これなら2年間でできるだろうか、ああでもない、こうでもないと練ってテーマを決め、先行研究調査をやって章立てができたら論文は9割完成。あとは作業をするだけである。しっかり楽しむことが大事。」

努力は人に見せるな(どりょくはひとにみせるな)

 「これだけ勉強しましたというアピールは要らん。やっとるかやってないかは発表を聞いたらすぐ分かる。巨人の星で花形 満が「白鳥は涼しげな顔をしているが、水中では必死に水を掻いている」と言っていたが、勉強もそうや。勉強は人に認めてもらうものではない、自分のために するもんや。」

人間的(にんげんてき)

 「人間的なものを撒き散らす先生には魅力がある。たとえば映画が好きでもいいし、恋愛について話すのもいい、ロックが好きでもいい。」
 安部先生は本当に毎回いろんなこと(奥様にはお聞かせできないことも…)を話してくださいました。

派遣は8時間(はけんははちじかん)

 「派遣で来とる人は給料が出とるんやから、1日8時間勉強するのが当たり前や。そして2年間という制約があるから、2年間で修了できるように必死にやらなあかん。休職や退職、ストレート生は時間的な制約が無いから、自分の研究に満足するまでおってええ。」

反省するうちは弱っている証拠(はんせいするうちはよわっているしょうこ)

 石田さん(平成23年度修了生)が修論提出直前に入院し「日頃の生活態度(決して大酒くらったわけではなく、論文作成のため目を酷使したこと)を反省します。」と言ったことに対して…
 「反省するうちは弱っている証拠や。しっかり身体を治せ。」
 後日、石田さんが快復した時にはすっかり反省したことを忘れ、やはり無茶をしはじめたことから「先生のお言葉は真実だったのだ。」とつくづく思ったそうです。

人の先祖を人殺しにするな(ひとのせんぞをひとごろしにするな)

 私がゼミに於いて「齒生てうまるゝハ鬼子」という俗信に基づく俚諺に関して、「弁慶は歯が生えて生まれたため、父親は「これは鬼子だ」と言って殺そうとしたそうですが、母親のとりなしで死なずにすんだそうです。」とご説明申し上げた時のこと…
安部先生は「人の先祖を人殺しにせんといてくれるか。」と仰いました。私が「?」と思っていると、続けて「弁慶の父親の熊野別当湛増は俺の先祖や。弁慶には子供がおらんかったから、俺は弁慶の子孫ではないけどな。」と仰いました。

無知の知(むちのち)

 「研究するということは、いかに自分がものを知らないかということを知ること。よく人は「分かった」と言うが、それは一部分しか知らないということを曝け出していること。」

モードに入る(もーどにはいる)

 石田さん(平成23年度修了生)が論文提出まであと一箇月を切ったある日のゼミで、「自分の論文を見返していても、文字が頭の中に入ってきません。この1週間で5行くらいしか進んでいません。」と悩んでいることを打ち明けたことに対して…
 「俺も原稿を書かなあかんと思って研究室に来て、パソコンを立ち上げても何も浮かばず、トランプゲーム(おそらくスパイダーソリティア?)をや るだけで帰る日々が一週間くらい続くことがある。しかし、そうやってもがき苦しんでいるうちに、ふとモードに入ることがある。モードに入ったら俺は一気に 書き上げる。もがくのも修論のうちや。書けなくても心配いらん。もがくうちにいつかモードに入れる。」
 後日、石田さんはモードに入った状態を「修論の神様が降りてきた。」と表現なさいました。

要約(ようやく)

 「研究は、こと細かなものを排除して全体を見ること。そのためには要約する力が要る。短くすることは難しいが、本質をつかまえて課題解決すべきことを論理的に展開することが一番大事。要約は著者の使っていない言葉を用いて要約すること。そういうトレーニングも必要である。」→削ぎ落とすを参照

余談を余談とするか(よだんをよだんとするか)

 「授業中、余談を余談とするか、本論とするか。余談も含めて授業である。余談の中に本論の集約がある。うまい人の授業は余談の中に伝えたいことを織り込んでいる。」

夜中に書くと…(よなかにかくと…)

 「よく夜遅くまで頑張っていると耳にするが、夜中に書くとろくなことがない。昼間に書いて一ヶ月くらい寝かせたほうが良い論文になる。」

量より質(りょうよりしつ)

 「修論は量ではない、質が大事。内容が素晴らしく、しかもA4用紙で30枚程度だったら先生方も読むのが楽だし、言うことはない。しかし内容が無く、量も少ないとなれば救いようがない。」

論文は料理と同じ(ろんぶんはりょうりとおなじ)

 「論文を書くということは、家を建てたり料理をしたりすることと同じである。例えばカレーを作ろうと決めることはテー マを決めることに相当する。そして先行研究や資料は肉や野菜などの食材に相当する。あと必要なものはよく切れる包丁と平らな俎板と穴の開いていない鍋であ る。これら(再現・要約する力、分析する力)は各自で用意せよ。そうしたら何を作ろうかと決めたとおりに、食材を自由自在に調理できる。」

One question → One answer(わん・くえすちょん→わん・あんさー)

 「One questionは修論のテーマで、One answerは仮説である。One questionとOne answerが揃ったら修論の骨組みができる。あとは疑問が成立するのは何でか、成立するためにはどのような根拠が必要か、何をどの領域でやろうとしてい るのかを明らかにしていけばいい。パースペクティブを大切に。論文はストーリーだ、いろいろなパターンがある。なかなか大変だけれどオリジナリティーを見 出しながら、対象を対象化する客観性を追い求め、最終的に主観を入れるんだ。」