2024年05月16日(木) 院生リレーコラム
#005. 「教育コミュニケーション実践論」をふり返って (2023年入学・松崎 康祐)
4月。M1からM2へと進級する節目が訪れるともに、また一つ新たな節目が訪れました。
「教育コミュニケーション実践論」(以下、実践論)の成果を本校の研究紀要に投稿するために、平野先生とB班の院生の皆さんとで原稿を執筆していたものが、先日無事脱稿することができました。
実践論は、一年次後期に履修する科目の一つです。「よりよい教育コミュニケーションとは何か。」という問いを出発点に、院生たちがいくつかのグループに分かれ、過去および現代の教育コミュニケーションの具体的な実践例について,多視点的にかつクリティカルに検討をします。そして、よりよい教育コミュニケーションのあり方を探求することを目指します。グループには先生方も入られ、院生たちに助言をしつつも共に探求をする一員となります。
私たちのグループB班は、外国人留学生と日本人学生との異文化コミュニケーションについて考察を進めました。
私たちは、異文化コミュニケーションが成立する要因の一つとして、京都「国際学生の家」のハウス・ペアレンツという存在に着目しました。実際に学生の家の方々と連絡を取り合い、現地へ出向きました。そして、インタビュー調査や施設見学、行事に参加させて頂きました。
院生の皆さんや先生方との検討や議論、そしてフィールドワークから多くの刺戟を受け、研究紀要に投稿する原稿を執筆する運びとなりました。授業開始当初には、考えてもいなかったことです。
ふり返れば実践論に関わったおよそ7ヶ月間、たくさんの出会いとご縁がありました。
いつも柔軟に建設的な議論を交わし続けたB班の院生の皆さん。私たちを温かく迎えて頂いたハウス・ペアレンツの山本ご夫妻やレジデントの方々。インタビューに向けての準備や原稿の構成について的確な助言を与えて頂いた中間先生。そして、最後まで私たちB班の院生たちと同じ時間と場を過ごして頂いた平野先生。
以下の文章は、投稿した原稿の一部分を引用しています。
「ハウス・ペアレンツは,学生に対して直接指導をするような教育的介入は行わず,時に静観して待ち,時に祖父母―孫や親―子のような関係をとり,時に学生と対等な立場で議論する,多面的関係を築いている。それは,教育者(教師)と被教育者(子ども)から成る伝統的な教育関係とは異なった,一種の教育関係を構築してもいた。本調査からは,日本人学生と外国人留学生の異文化コミュニケーションを促進するには,それを二者間の問題として捉えるのではなく,〈システム〉と〈第三者〉の存在を方法的に組み込むことや,〈第三者〉が学生と多面的関係を築くことが効果的である可能性が示唆された。」
私にとって実践論での平野先生とは、この文章の「ハウス・ペアレンツ」をそのまま置換できるような存在でした。
実践論で関わって頂いた多くの皆様には、この場をお借りして感謝申し上げます。ありがとうございました。
現在は修士論文の執筆を進めています。執筆は時に、孤独に苛まれます。
しかし、執筆された言葉には、実践論と同じように出会った方々と交わした言葉が色濃く映し出されていることに気づきました。
執筆は孤独な作業でもありつつも、作業の背景には出会ったたくさんの方々と繋がっていると感じます。そのような繋がりを感じながら、修士論文を少しずつ書き進めていきたいです。
今後訪れるかもしれないご縁を大切に、大学院生活残りの日々を味わっていきたいです。