menu close

project: AC(R5~7) 多様性を尊重する社会の確立を目指した遺伝学リテラシーからの教育実践研究

project: AC(R5~7) 多様性を尊重する社会の確立を目指した遺伝学リテラシーからの教育実践研究

  

令和5年度採択プロジェクト

プロジェクトの名称
多様性を尊重する社会の確立を目指した遺伝学リテラシーからの教育実践研究
プロジェクトの期間
令和5年4月1日~令和8年3月31日

プロジェクトの概要

プロジェクト研究の概要

 遺伝学は、親から子に伝わる遺伝heredityと多様性を生みだすvariationを基軸としている。遺伝学の基盤は、多様性を尊重することにある。近年の遺伝医療の発展はめざましく、私達の日常生活に劇的な変化をもたらしている。本研究の目的は、多様性を尊重する社会の確立のために必要な解決すべき課題を明らかにし、遺伝学リテラシーの基盤構築への提言を行うことである。以下の図のように、3Dアプローチをとる。人の一生の3つのステージとして、①受精卵・胎児の時期、②個性が育つ発達の時期、③加齢の時期に焦点をあてる。これに対応する遺伝学としては、①障害を持つ受精卵の着床前診断・胎児の出生前診断の自律的意思決定、②発達障害等の病態生理の理解、③日本人の約半数が罹患するがんの教育を取りあげる。遺伝学的検査によって疾患の原因同定が可能になり、がんなど様々な病気において、薬の副作用を回避しつつ適切な治療法の選択が可能になっている。個人の健康への恩恵がある一方で、出生前診断や受精卵の遺伝子操作などの生命倫理の課題、商業的遺伝子検査がもたらす影響の正しい理解と利用の問題に直面している。国民が広く遺伝学領域の技術革新の恩恵を享受するためには、自らの価値観・倫理観に照らし合わせて、遺伝学的検査がもたらす影響を適切に評価し、自律的に意思決定をする必要がある。意思決定の場面では、なぜ、そう判断するのか、を明らかにしていく。判断基準には、社会障壁(制度)、文化、歴史等に裏打ちされた価値観があると想定され、その国際比較(日本・韓国・カナダ)を行う。以上を踏まえて、遺伝学リテラシーを充実させるために、保健や理科等の教科の中で実践可能な遺伝学教育を検討する。

1.  出生前診断・着床前診断における自律的意思決定

 人間の誕生はいつか、子どもの最善の利益は何かなどについて、若者がどのような倫理的思考をしているかを明らかにする。出生前診断・着床前診断を自分事として考え、どのような決定をしたいか、また、その理由を尋ねる。正解を求めず、多様な価値観を受容する。

2.発達障害等の病理理解

遺伝学の観点から、種々の先天性の障害は誰にでも起きうることが明らかである。しかし、差別や偏見はなくなっていない。発達障害の子どもやその保護者の社会的不利の実態を明らかにし、社会的不利を取り除く手立て、就労支援、多様性を尊重する意識の醸成に何が必要かを検討する。

3. がん教育

 治療薬の選択にがん細胞の遺伝情報が利用されており、個人の健康への貢献は今後も大きくなると思われる。遺伝学の観点から、がん化メカニズム、多因子遺伝等が、現在の高等教育で理解できるかどうか検証する。がん治療の治療選択を理解するために必要な知識やがん経験者の就学支援、就労支援を充実させるために、何が必要かを検討する。

上記13について、国際比較を行い、多様性を包摂する社会を確立するために求められる価値観・倫理観を考察する。

4. 教科における遺伝学教育実践の検討

 理科教育においては、日常生活の中で経験する表現型(目、血液型、三毛猫など)の現れ方から潜性遺伝、顕性遺伝、X染色体連鎖が、保健教育においては集団における身長の正規分布から多因子遺伝を学ぶことが出来る。性教育におけるreproductive health rightsや性の多様性と関連づけた遺伝学、がん教育における家族性腫瘍、がん細胞の遺伝学的情報に基づく治療薬の選択について、教育実践の可能性を検討する。

期待される成果

プロジェクトの実施により期待される成果

 遺伝的多様性は、種の生存と環境の変化に適応することにおいて、重要な役割をもっている。遺伝的多様性によって、ある環境下では好都合の形質と不都合な形質が共存しており、これは環境の変化によって好都合、不都合の評価が入れ替わることがある。私達の社会において、効率の良さだけを優良の評価基準にすると、効率の良さから見た不都合な形質には排除の圧力がかかりかねない。本研究の成果は、多様性を包摂する社会とは何か、多様性が維持されることの社会的メリットは何かを問いかける契機となる。

 革新的な技術の進歩がおきるとき、一部の専門家だけで結論を出すのではなく、多くの国民が参加し、幅広い議論が行われることが望ましい。遺伝学的検査の実用化・拡張化は、まさしくその対象であり、遺伝学リテラシーの整備は、国民の自律的意思決定を保障するための喫緊の課題である。本研究を通じて、出生前診断・着床前診断に際した意思決定、障害が発生するメカニズムの理解、がん診療で実施される遺伝学的検査の理解は、私達の命と健康を守るうえで大変重要である。遺伝学リテラシーの構築は、先端教育工学を駆使して、これまでの学校教育で遺伝学を全く学んでいない世代に情報提供することも可能であり、社会全体への波及効果が見込まれる。

 一方で、遺伝学は優生思想と関連づけられたことも忘れてはならない。出生前診断・着床前診断の実施に際して、普遍的な正解がないとしても、考え続け、多面的な考察から暫定的な結論を導き、社会・科学の進歩によって絶えず是正していくことも求められる。遺伝学の正しい知識の獲得は、持続可能な開発目標(SDGs)の「全ての人の健康と福祉」「質の高い教育」「ジェンダー平等」「貧困の克服」とも密接に関連しており、これらの社会問題の解決に貢献できる。

チーム構成員

 ※所属・職名等はプロジェクト開始年度4月1日時点です。

プロジェクトに参加する研究科教員

氏名 連合講座 大学 職名 役割分担(◎はチームリーダー)
(チームリーダー)
大守 伊織
学校教育臨床 岡山大学 教授 ◎研究の統括、遺伝学リテラシーの現状と課題の把握および提言
大竹 喜久 学校教育臨床 岡山大学 教授 障害に起因する社会的不利に関する調査の助言・提案・検証
李 璟媛 生活・健康系教育 岡山大学 教授 性別役割分担に起因する障害への負担感に関する調査の助言・提案
岡本 希 生活・健康系教育 兵庫教育大学 准教授 保健教育における遺伝学リテラシーの助言・提案
糸乗 前 自然系教育 滋賀大学 教授 遺伝学リテラシーを深化させる理科教育開発への助言・提案
坂本 裕 学校教育臨床

岐阜大学

教授 障害に起因する社会的不利に関する調査の助言・提案
小林 優子 学校教育臨床 上越教育大学 准教授 出生前診断相談における心理的葛藤に関する調査の助言・提案
石倉 健二 学校教育臨床 兵庫教育大学 教授 障害に起因する社会的不利に関する調査の助言・提案

プロジェクトに参加する院生

氏名 配属大学・連合講座・学年 主指導教員 役割分担
池内 由子 岡山大学,学校教育臨床,2年 大守 伊織 多様性を尊重する社会に向けての提案・調査結果に対する意見
松下 泰将 岡山大学,学校教育臨床,3年 大竹 喜久 多様性を尊重する社会に向けての提案・調査結果に対する意見
木尾 京一郎 岐阜大学,学校教育臨床,3年 坂本 裕 多様性を尊重する社会に向けての提案・調査結果に対する意見
大石 夏実 兵庫教育大学,学校教育臨床,3年 石倉 健二 多様性を尊重する社会に向けての提案・調査結果に対する意見

プロジェクト研究員

氏名 配属・職名 推薦教員 役割分担
Adam Davies ゲルフ大学,助教授 大守 伊織 遺伝的背景を持つ障害に対する差別偏見の国際比較(日・韓・カナダ)調査
大内田 守 岡山大学学術研究院医歯薬学域・准教授 大守 伊織 がん教育における遺伝学リテラシー導入
平沢 晃 岡山大学病院・臨床遺伝子診療科・教授 大守 伊織 出生前診断・着床前診断・がん教育における遺伝学教育実践(学生および一般人対象)
山本 英喜 岡山大学病院・臨床遺伝子診療科・講師 大守 伊織 出生前診断・着床前診断・がん教育における遺伝学教育実践(学生および一般人対象)
十川 麗美 岡山大学病院・臨床遺伝子診療科・遺伝カウンセラー 大守 伊織 出生前診断・着床前診断・がん教育における遺伝学教育実践(学生対象)
篠原 宏美 岡山大学附属特別支援学校・養護教諭 大守 伊織 発達障害にともなう社会障壁調査への助言・遺伝学リテラシーの教育実践への助言・提案
仲矢 明孝 岡山大学附属特別支援学校・校長 大竹 喜久 発達障害にともなう社会障壁調査への助言・遺伝学リテラシーの教育実践への助言・提案
角原 佳介 岡山大学附属特別支援学校・教諭 大竹 喜久 発達障害にともなう社会障壁調査への助言・遺伝学リテラシーの教育実践への助言・提案

成 美愛

韓國放送通信大學校・生活科學科・敎授 李 璟媛 性別役割意識・多様性に関する国際比較(日・韓・カナダ)調査

研究成果報告