令和7年度採択プロジェクト
- プロジェクトの名称
- 数学の探究学習にむけた学問知を背景とした教材開発
- プロジェクトの期間
- 令和7年4月1日~令和10年3月31日
プロジェクトの概要
プロジェクト研究の概要
平成30年告示の高等学校学習指導要領では「理数探究基礎」・「理数探究」が新設され,また「総合的な探究の時間」が必修となる等,我が国の理数中等教育では探究型学習の重要性が高まっているが,国際的にみても例えばOECDはIBL(Inquiry-Based Learning)が21世紀型スキルを育成するために重要であるとしており「Mathematics for a Sustainable World」という報告の中でも探究型の学びを強調している.実際,学術データベースで調べてみれば数学教育に関わるIBL関連の論文の発表数は,過去10年の間に著しく増加している.本研究プロジェクトのメンバーも,これまで数学教育学の文脈で,探究をテーマにした共同研究に関わってきている(濵中・大滝・宮川,2016;Hamanaka & Yoshikawa 2024).しかしながら,理数系の内容のなかでも,特に数学に関わる探究を教育実践として行うことの難しさがこれまでも指摘されてきている(濵中,2025).実際,高等学校の数学教師は多くが教育学部よりも理学部等の出身であるとするデータがあるが,日本では伝統的に,理学部数学科において学位論文(いわゆる卒業論文)を課さないケースが多く,卒業研究は「真正の探究」というよりも,テキストを輪読するといった既知の数学の結果を「学習する」という活動に終始することが多い.これは,教員養成学部においても同様であろう.これは,数学では学部レベルで新規性のあることを扱うのが難しい,という特性による.すなわち,こと「数学」に限っては,探究型学習を実施したり指導したりすることの難しさに加えて,そもそも,探究で扱う数学的内容の開発が必要という課題がある.
そこで本研究では,数学という学問の側から,教育実践で扱うことの可能な探究のための数学教材を開発することを目的とする.近年,国際的にも多くの研究がなされている数学教育学の理論のひとつに,教授人間学(Anthropological Theory of Didactics,以下ATD)があるが,ATDの基礎概念のひとつに教授学的転置(Didactical Transposition)がある.例えば,高等学校である数学の知識(たとえば三角関数)が学習されるとして,それはなぜ学習されるのであろうか.数学という学問知のなかの多種多様な知識とその形態は,それぞれに必要性や文脈性があって生み出されたものである.それらの知識やその形態が,そのまま学校数学で学ばれるわけではない.学問知のなかにある知識のうちのいくつかが,社会のニーズ,学校教育の制約,学校教育への適応のために,選択され,変遷・変換されて,教室の数学へとなっていく.この現象が教授学的転置である.教授学的転置は,単なる選択や単純化ではない.指導可能とするために,知識の様々な要素を解体し再構成するという創造的な作業である(マリアナ ボスク, 2017).もちろん,この転置のなかで,失われるもの(たとえば当該知識の存在意義)は多い.今回の教材開発の要点は,直接に数学の学問知に携わる研究者が,こうした従来の教授学的転置の存在を意識したうえで,高校生あるいは大学生に向けて,探究として扱うことが可能な題材およびその題材に関して存在理由(raison d'être)を伴って数学的知識を学習できる仮想的探究プロセスを開発することにある.