平成26年度採択プロジェクト
- プロジェクトの名称
- 芸術表現教育におけるコンピテンシー育成のためのプログラム開発に関する研究
- プロジェクトの期間
- 平成26年4月1日~平成29年3月31日
プロジェクトの概要
プロジェクト研究の概要
文部科学省は、「確かな学力、豊かな心の育成」をめざし、芸術表現を通じたコミュニケーション教育の推進をそのひとつに掲げている1)。 1)文部科学省HP小学校・中学校・高等学校 / 芸術表現を通じたコミュニケーション教育の推進芸術表現教育の実践現場にかかわりながら、構成員らは、子どもたちの創造力、表現力、コミュニケーション力の育成が、公教育において強く要請され、かつ重要な役割を担っている現状に向き合ってきた。そして昨今の変化の激しい時代に、国際社会を生き抜くためには、これまで以上に汎用的な能力としての創造力を育成するためのプログラム開発が急務であると捉えている。
本研究ではこうした喫緊の課題解決に向けて、音楽科及び図画工作科・美術科の枠組みを超えた公教育における芸術表現教育の視座から、社会文化的コンピテンシー(資質・能力)の育成プログラムを、次の3つの実践領域において関係的に明らかにすることを目的とする。
研究課題 1: 学校での教育実践
研究課題 2: 大学での教員養成教育
研究課題 3: 実践の高度化に向けた教師教育
柱となる研究課題:公教育における「芸術表現教育」の視座にたつ社会文化的コンピテンシー(資質・能力)の育成プログラム開 発
-学力観及び学習活動観の転換:知識・技能から社会文化的コンピテンシーへ-
公教育における芸術表現教育の視座にたつ社会文化的コンピテンシー(資質・能力)とは、児童生徒の現在の日常的実践にのみならず将来にわたり芸術的表現のリテラシーが活かされることで、①社会や文化への実践的関与(practice)、②生活や活動(学習、労働等)の意味の実感(meaning)、③自身のアイデンティや内的な豊かさ(identity)の充実、④他者や社会との実践的つながり(community)が実現され、豊かで安定した自己の実現が可能となる今後の新たな学習観・学力観である(Wenger, E. 2000, Communities of Practice: Learning, Meaning, and Identity)。
本プロジェクトでは芸術表現活動を、身体的行為を通して周囲の環境、他者、自分自身に対して実践され実現していく社会文化的な実践として位置づけている。また、その実践の過程で、社会的文化的コンピテンシーが学習者個人と他者や環境とのあいだに形成されると想定している。
2014 年3 月に公開の全米視覚芸術スタンダード(「芸術に真正に参加するために必要とされる知識と理解」)ではその基本コンセプトを、①コミュニケーションとしての芸術、②創造的な自己実現、③文化、歴史、コネクターとしての芸術、④幸福の手段としての芸術、⑤共同体への参加としての芸術と定義している。一方、我が国の公教育におけるこれまでの芸術教育は、「音楽科」や「図画工作科」「美術科」といった既存の「教科」の枠組み依拠した内容と方法の視座から実践されてきた。
こうした内容と方法もまた、児童生徒が教科の活動の経験を通して、市民社会における個人として将来にわたり文化的で社会的に豊かな生活を実現していく資質や能力を育成することを目的としてきたものの、社会文化的コンピテンシー(資質・能力)としての芸術的表現のリテラシーという視座により公教育全体の教育プログラムとしてデザインされているとはいえない。「図画工作科」「美術科」においては、平成20年度学習指導要領より小中高等学校を通じ教育内容に「共通事項」を設けることで、児童生徒の学習活動と教師の指導と支援を一貫するリテラシーとなっている。学習活動観や学力観の変化に対応した改定といえる。
乳幼児期の早期から小学校低中学年までにその資質や能力の基礎が形成される音楽や美術の学習では、社会文化的状況下での他者と協同的であり、かつ状況と相互作用的である実践において資質や能力が形成されていることへの着目も乏しかったといえる。学習者は学習内容を単に認知的に習得するのではなく、他者と共に直面する社会文化的実践場面へ能動的に参加し、芸術表現活動を行うことにより、その社会的文化的集団を再構成するとともに、その一員ともなっていく過程で、芸術表現活動において必要とされる資質や能力を形成している。
そうした活動は、教科の枠組み内での目的志向的に実現されるだけではなく、一枚の描画がペープサートや仮面として他者と共に身ぶりを通して使用される過程で、物語り、音楽、演劇等がつくられるなど、活動の側から教科統合的に拡大するとともに、その拡大は学級内での共同や他のクラス、保護者や地域社会との新しい関係構築とその方法(アート、芸術)として実践過程で活動のその意味を現象し、児童生徒個々人の資質と能力の形成に機能するといえるであろう。
研究課題4:芸術関連教科の統合的アプローチをめぐる国際比較
先述の研究課題1~3と並行して、本研究ではカリキュラム開発を視点として、本課題に取り組む。最新の国際的動向として、教科過密化等への対応や新教科設置などを背景とし、音楽や美術などの芸術諸教科をひとつの教科枠に統合するといったカリキュラムへのアプローチが急速に進められてきている。
我が国において、この潮流がどのように影響するかは現時点では未知数である。しかし、教科再編にかかわる国際的動向を受け止め、我が国の今後の芸術教育のあり方を早急に検証することで、独自のカリキュラム保持に備えることはきわめて重要であると捉える。構成員らは、既に諸外国において、芸術関連諸教科の統合的アプローチが急速に進められているという国際的な動向がそのまま、我が国に適応されることを肯定しない立場を取る。すなわち音楽科や美術科でしか培えない、真性(オーセンティック)な学習がなされないまま、安易な教科統合によって、本来の音楽や美術の教科学習が空洞化してしまうことを危惧している。
こうした考えに立ち、国内外の動向を踏まえながら、我が国独自の芸術表現教育の在り方を検証していくことをめざすものである。
(1)我が国における実践事例
我が国における実践事例としては、研究開発指定を受けた上越市立大手町小学校が、音楽科、図画工作科、体育科のダンス、家庭科を統合した、新領域「創造・表現」の試行的な実践に取り組み、3年目を迎えている1)。
また、上越教育大学附属中学校では、音楽科と美術科が核となり、体育科のダンスを始めとするほぼ全ての教科がかかわったミュージカル制作が18年間の学校伝統行事として継続されている。この実践においては主に、音楽科と美術科を統合した「表現創造科」が試みられてきた。
本研究では、こうした研究先進校を国内外に求め、優れた実践事例を基に、主として創造性(表現力・コミュニケーション力等を含む)を切り口として子どもに培われる多様な力について検証する。
また、音楽と美術(図工)など、関連する教科・領域を意識的にかかわらせることで、子どもが諸感覚を総動員させるような場面を工夫させる学習に着目した授業プログラムの開発をめざし、その意義と課題についても考察を進める。
1)子どもの資質・能力育成を目指し「生活・総合」「数理」「ことば」「創造・表現」「健康」「ふれあい」の「6領域」を教科再編し、新設した。
(2)海外の動向及び我が国との国際比較研究
本研究の海外の研究協力者である、Russell-Bowie博士(豪州ウェスタンシドニー大教授)は、図1.に示す、音楽、美術、舞踊、演劇、メディア・アートという芸術関連5領域の学習を厳選した芸術表現教育のプログラムを開発した。そして、豪州の小・中学校及び、教員養成の学生に向けた普及に長年携わりながら優れた実績をあげている2)。
本研究では、この芸術表現教育の教科書を手がかりとして、総合表現カリキュラムの実践を継続してきた上越教育大学附属中の「ミュージカル制作」の実践を分析すると共に米国や豪州における実践との比較研究を踏まえ、芸術関連諸教科の統合的アプローチの成果と課題の検証に取り組む。また、本研究の基礎研究として申請代表者はRussell-Bowie博士と共著3)を昨年度執筆している。
2)Russell-Bowie, D. MMADD About the Arts: An Introduction to Creative Arts Education. Sydney: Pearson Prentice Hall, 2006.
3)Tokie, N., Russell-Bowie,D.,Marjanen, K.,"The Effectiveness of Integrating Music and Other Subjects on Students' Development : The Music Education Situation in Australia and Finland and its Implications for Japan" 上越教育大学研究紀要 第32巻, pp.409-418, 2013.
(3)ハワード・ガードナー(Howard Gardner)の多元的知能
構成員らは、ハワード・ガードナー(Howard Gardner)の多元的知能(Multiple Intelligences)の理論を本研究のプログラム開発の基盤のひとつに位置付ける4)。
言語的知性、空間的知性、身体運動的知性、音楽的知性、対人関係的知性、内面的知性などが存在するとされるこの理論によれば、多元的な知性には身体や感情の面も重視されている。
このように知性を多元的に捉え、多彩な観点から評価することにより、子どもたちが各々得意とする分野を生かしながら、学びを習得するアプローチを促進することが期待できると捉えている。
我が国や米国など多くの先進諸国で言語的知性や論理数学的知性が重視されている偏った傾向を見直し、多元的な視点からのバランスの取れたカリキュラム編成へと改善するための芸術表現教育のプログラム開発をめざすものである5)6)。
4)Gardner、 H. Multiple Intelligences: The theory in practice. New York: Basic Books, 1993.
5)永田智子「現職教師がブログでつくるティーチング・ポートフォリオ」日本教育工学会論文誌,第31巻 増刊号,pp.161-164,2007.
6)時得紀子「総合表現型カリキュラムの実践への一考察」兵庫教育大学大学院連合学校教育学研究科教育実践学論集 第11号 pp.155-166, 2010.