平成30年度採択プロジェクト
- プロジェクトの名称
- 子どもの意欲と学力を向上させる教育ビッグデータの利活用ネットワークの形成
- プロジェクトの期間
- 平成30年4月1日~令和3年3月31日
プロジェクトの概要
プロジェクト研究の概要
現在、教育分野において、タブレットなどの情報端末を通してこれまで想像できなかった規模で、個人にヒモづけ可能な大量の行動履歴(縦断)データが収集されるようになっている。この状況は、社会科学にとっては歴史的変化といえる。さらにチームリーダーが確立した技術(マイクロステップ・スケジューリング法)により、時系列条件がそろった縦断データが大量に収集できるようになった(高精度教育ビッグデータと呼ぶ)。それを解析することで、一人ひとりの子どもの成績の上昇が個別に可視化されるようになった。例えば、図1(pdf)は、漢字の読みをコンテンツとしたe-learningを3人の小学生が3週間実施した学習実験の多肢選択式の客観テストの子どもごとの成績の変化を示している。児童Aは3週間の学習でようやく児童Cの最初の成績に到達していることがわかる。現在の評価技術では、児童Aと保護者には、常に低い成績しか返されず、学習面で子どもをほめることはできなかった。それに対して、図1のような学習成果の積み上がりを個別に可視化し、定期的に各学習者にフィードバックする技術が確立された。それにより、学力低位層の子どもの意欲と学力を長期にわたり実質的に向上させる教育支援が実現され、社会実装が広がり始めた(趙,2016)。
高精度教育ビッグデータを大規模に収集する技術は、科研の助成を複数受け研究を進める中で確立され(基盤研究B[H.11~13年度]、基盤研究A[H.14~17年度]、基盤研究A[H.22~26年度])、H26年度からは、自治体が経費を負担する形で社会実装が始まった。H29年度には3つの自治体に支援が拡大された他、科研の複数の研究グループと民間企業が当該システムを利用し、小学生から大学生に至る千人を超える学習データを年間を通して収集し研究できる状況が構築されている。
収集されるデータは、学習データだけでなく、学習意欲、自己効力感、自尊感情の各心理尺度項目を学習コンテンツと同様スケジューリングすることで、学習者一人ひとりの心理状態の変化を、縦断的に可視化することが可能になっている。それらの縦断データを解析することで学習成績や意識の「変動」が、"個別に"描き出されることが明らかになっている(寺澤,2015)。時系列条件がそろった個人の大量の縦断データの学術的な利用価値は大きい。
一方、学習者一人ひとりの学習と意識データをクラス単位、学校単位、自治体単位に集約すれば、各単位で、成績や意識変動を可視化することができ、そのデータは、学校はもとより教育委員会等にとっても利用価値の高いデータとなる。
そこで本研究は、教育ビッグデータをバックボーンとするe-learningを提供することで、学習者と保護者、教師に詳細な学習情報を提供する一方で、そのデータを研究者が集約・分析し、学校や教育委員会へ提供する一連の情報サービス提供できる学術ネットワークを将来的に構築することを目指す。大量の縦断データに関する研究はこれまでにないため、解析法の開発はもとより、基礎的な知見を時間をかけて集積する研究が必要となるが、本プロジェクトでは、これまでの研究で基礎的知見が一定量蓄積されてきた指標を用い、縦断的特徴と指標の変動量間の関係性を明らかにし、その成果を広くアピールすることを第1の目的とする。具体的には、各種学習成績の指標、学習反応時間、動機づけ尺度、自尊感情尺度、自己効力感尺度等に関してチームメンバーが得意とする指標について研究を進める。また、そのようなデータの匿名化処理の自動化を進め、パブリックデータとして広く学術研究者等が共用できるシステムを構築することを第2の目的とする。併せて、自治体にメリットを提供するため、自治体から特に強い要望が寄せられる小学校英語のためのe-learningコンテンツの作成と試行を実施し、期間内に小学校で導入することを第3の目的とする。
期待される成果
プロジェクトの実施により期待される成果
学習成績はほぼどの学習者も上昇するため、結果のフィードバックにより、特に、学力低位の子どもたちの、"学習を続けよう""自分から進んで勉強しよう"という意欲が確実に向上することが科学的に証明されている。つまりe-learningを実施すること自体が新たな学習支援となる。学力低位層の子どもたちの意欲と学力の底上げは国家的課題でもあり、それを確実に解決する道筋を示すことになると考えている。一方、収集される縦断データをパブリックデータとして研究者が活用できるようになれば、社会科学の研究が大きく進歩する可能性が高い。小学校で需要の高い小学校英語のe-learningの開発と、地域の教育関連組織とつながりのある連合大学院の研究者のネットワークを生かすことで、子どもの意欲と学力を向上させつつ全国規模のデータシンクタンクを構築することも可能になると考える。
チーム構成員
プロジェクトに参加する研究科教員
氏名 | 連合講座 | 大学 | 職名 | 役割分担(◎はチームリーダー) |
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(チームリーダー) 寺澤 孝文 |
学校教育方法 | 岡山大学 | 教授 | ◎研究統括、システム開発、対外交渉他 |
青木 多寿子 | 学校教育方法 | 岡山大学 | 教授 | 学習者の適応状態の測定方法の検討、意識データの分析他 |
Scott Willard GARDNER |
言語系教育 | 岡山大学 | 教授 | 小学校英語向け学習コンテンツの作成・助言他 |
皆川 直凡 | 学校教育方法 | 鳴門教育大学 | 教授 | 学習データの解析、動機づけ尺度等の選定と分析他 |
山崎 勝之 | 学校教育方法 | 鳴門教育大学 | 教授 | 自尊感情等の測定法の検討と分析他 |
川上 綾子 | 学校教育方法 | 鳴門教育大学 | 教授 | 学習データの解析、動機づけ尺度等の選定と分析他 |
越 良子 | 学校教育方法 | 上越教育大学 | 教授 | 自己効力感等自己評価に関する尺度等の選定と分析他 |
大場 浩正 | 言語系教育 | 上越教育大学 | 教授 | 英語の語彙習得プロセス等の検討、E-LEARNING実施対象校の選定他 |
プロジェクト協力者
氏名 | 大学 | 職名 | 役割分担 |
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川﨑 由花 | 兵庫教育大学 | 准教授 | 小学校英語向け学習コンテンツの作成、教師の意識変容の把握、e-learningの米国展開に向けた交渉他 |
澤山 郁夫 | 兵庫教育大学 | 助教 | コンテンツ作成・システム開発支援、教師の意識変容の把握、学習データの解析他 |
プロジェクトに参加する院生
氏名 | 配属大学・連合講座・学年 | 主指導教員 | 役割分担 |
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益岡 都萌 | 岡山大学,学校教育方法,3年 | 寺澤 孝文 | コンテンツ作成および学習データの解析他 |
プロジェクト研究員
氏名 | 配属・職名 | 推薦教員 | 役割分担 |
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Hiroyo Nishimura | Yale University, East Asian Languages and Literatures・ Senior Lector | 寺澤 孝文 | 小学校英語向け学習コンテンツの作成助言、e-learningの米国展開に向けたネットワーク構築他 |
Noriko Mori-Kolbe | Georgia Southern University,Department of Foreign Languages・Lecturer | 寺澤 孝文 | 小学校英語向け学習コンテンツの作成助言、e-learningの米国展開に向けたネットワーク構築他 |
濱口 和弥 | 徳島県立総合教育センター 教育情報課・課長 |
寺澤 孝文 | 徳島県の公立高校等で実施するe-learningとビッグデータの利活用に関する情報収集と連絡調整 |
清水 衆 | 長野県高森町教育委員会 事務局・局長補佐 |
寺澤 孝文 | 高森町の公立小学校等で実施するe-learningとビッグデータの利活用に関する情報収集と連絡調整整 |
※職名は平成31年4月1日現在による。
研究成果報告
研究成果報告書として「高精度教育ビッグデータで変わる記憶と教育の常識 -マイクロステップ・スケジューリングによる知識習得の効率化-」(風間書房)が出版されました。